イヒネ「うわ、涙が止まらへん」 深夜の食堂で救われた先輩の言葉…初の日本Sで上書きした“号泣の記憶”

  • 記者:竹村岳
    2026.10.28
  • 1軍
同点の生還を果たしたイヒネ・イツア【写真:栗木一考】
同点の生還を果たしたイヒネ・イツア【写真:栗木一考】

9回2死二塁から代走へ…牧原大成の一打で同点の生還

 初の大舞台に感じる緊張をかき消すかのように、本能のまま頭から突っ込んだ。ホームベースに触れた確かな感触。振り返ると、審判の両手は横に大きく広がっていた。代走から同点の生還を果たしたイヒネ・イツア内野手。2年前、本拠地で味わった“悔し涙の記憶”。ベンチ裏で止めることができなかった大粒の涙。暗闇の中でもがいていた時、そっと隣に腰を下ろし、温かい言葉をかけてくれた先輩がいた。

 27日に行われたDeNAとの「SMBC日本シリーズ2026」の第3戦。5回に奪われた1点を返すことができず、そのまま9回の攻撃を迎えていた。2死二塁になると、首脳陣はイヒネを代走に送り込んだ。直後に牧原大成内野手が右前打を放つと、22歳は全力疾走で三塁ベースを蹴り、ホームに突入。最後はヘッドスライディングで、貴重な1点をもぎ取った。

 小久保裕紀監督も「初の舞台でよく返ってきた」と賛辞を惜しまなかった。2022年ドラフト1位で愛知・誉高からホークスに入団。4年目の今季は初の開幕1軍を掴み取ったが、わずか9試合出場にとどまっていた。日本シリーズ初出場で果たした大仕事。間一髪でセーフになったのは、類い稀なる身体能力の賜物だ。

「緊張しましたね。でも、横浜でも2戦目にベンチ入りはしていたので。代走からいく可能性があったんですよ。その時はもうバクバクでした。出番を待つのは緊張しますけど、グラウンドに出てしまえば、あとはやるだけでしたね」

 両親はナイジェリア人。愛知で生まれ育ち、最初に始めたのはサッカーだった。友達からの誘いがきっかけで、小学校3年時から本格的に野球に打ち込むようになった。「野球はエラーばかりして、上手くいかなくて。それが面白かったんですよね。難しいのがよかったです」。当時から、自分の身体能力は周囲よりも頭1つ抜けていることは強く自覚していた。

 走れば誰よりも速く、何をやっても勝ててしまう。“無敵”だった少年は、プロの世界で絶望と向き合った。「自分は野球に向いていない」。静まり返った食堂で1人、悔し涙を流すイヒネに寄り添ってくれた先輩の存在――。どん底の夜から数々の試練を乗り越え、背番号36は日本シリーズの舞台にたどり着いた。

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同点の生還に喜ぶホークスベンチ【写真:荒川祐史】
同点の生還に喜ぶホークスベンチ【写真:荒川祐史】

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2024年のイヒネ・イツア【写真:竹村岳」
2024年のイヒネ・イツア【写真:竹村岳」

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(竹村岳 / Gaku Takemura)