斉藤和巳監督への感謝「本当にありがたかった」
愚直に自分と向き合い続けた末に「もっとも感謝している存在」の1人として、真っ先に名前を挙げたのが斉藤和巳2軍監督だった。指揮官がぶち壊してくれた“いじりづらさ”という壁。「本当にありがたかったんですよ」。3か月に及んだ2軍生活を振り返り、感謝の思いを語ったのは山川穂高内野手だった。
移籍3年目のシーズンは、苦しい道のりだった。開幕戦で今季1号の本塁打を放つなど幸先のいいスタートを切ったが、打率は1割台と低迷。6月1日に登録を抹消され、2軍での再調整を余儀なくされた。再昇格を果たしたのは3か月後の9月8日。それ以降は2本塁打を記録するなど、復調の兆しを見せ始めている。昨年は日本シリーズMVPも獲得。その力は、ポストシーズンでも必要になるはずだ。
初めて規定打席に到達したのはプロ5年目の2018年。そこから4度の本塁打王を獲得して“キング”としての道を歩み続けてきた。故障による離脱はあったものの、再調整にここまでの時間を要したのは初めてのこと。3か月間の2軍生活で、感謝する存在として名前を挙げたのが、斉藤監督と金子圭輔内野守備走塁コーチだった。34歳の自分をいじり続けてくれた――。そこに感謝の真意があった。
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この先で分かる3つのこと
山川の「いじりづらさ」を斉藤2軍監督はどう壊したのか
食わず嫌いを克服…山川が本格導入した「意外な練習法」
来季を見据えて…山川穂高が抱く「新たなトライ」の真意
「どうしても実績があるといじりづらいじゃないですか」
「僕個人としては『実績は関係ない』と常に思っていますけど、どうしても実績があるといじりづらいじゃないですか。その中でも、和巳さんや金子コーチにはノックから盛り上げてもらった。若い選手と同じように僕にも『行けー!』と言ってくれたので。そうなると若い子たちも同じテンションになりやすいですし、ありがたいことばかりでしたね」
内野ノックが始まれば、いつも斉藤監督は一塁で捕球役を務める。誰よりも大きな声を出して選手を鼓舞するが、それは背番号5も例外ではなかった。「足を動かせ! どこに投げとんじゃお前は!」と容赦のない声が飛ぶ。34歳のベテランであろうと“特別扱い”はしない。選手と真正面からぶつかっていく指揮官のスタイルが、山川にとってはありがたかった。
2軍で周囲を見渡せば、年下ばかり。自分自身にそのつもりがなくとも、実績があるほど“壁”ができてしまうことは山川も自覚していた。そんな中で「いじりづらさ」を簡単に飛び越え、若手と同じ接し方をしてくれた首脳陣には感謝しかない。「そうやって引っ張ってくれる人はめちゃくちゃ大事。怒られることはないですけど、いじりも含めてコミュニケーションですから」。
西武の若手時代には猛練習で自分のスタイルを作り上げた。斉藤監督の“距離感”と、後輩と過ごした日々は、自分にとっても大切な原点を思い出させてくれた。
「1軍は音響があったり、ファンの方もいるんですけど、そこに比べると2軍のグラウンドは静かなので。絶対に元気を出してやった方がいいんです。若い選手も多いと感情の起伏も激しくて、どうしても落ち込みやすい。その中で和巳さんは、結構イメージと違ったな、と。僕も昔ほどは落ち込まないですけど、野球というのは打てないと落ち込むじゃないですか。だけど、改めて、日々元気よくやるのが原点であり、これからも最大の目標。それは2軍にいて感じられたことなので、よかったかなと思いますね」
斉藤監督に小久保裕紀監督、長谷川勇也打撃コーチ兼スキルコーチ……。“孤高”のリーダーたちが、今のホークスを作り上げてきた。移籍3年目ではあるが、山川も常勝時代を築いた先輩たちの存在に思いを馳せる。
「僕たちよりもさらに前、西武で言えば栗山(巧)さんたちの時代には明らかにそういう人が多かったんですよ。『この人に話しかけてはいけない』という雰囲気があったし、自分の“空間”を持っている人ばかりでした。現役を一緒にやっていないので和巳さんが明るい人だったのかはわからないですけど、(今の選手との距離感は)意外でしたね。だからこそ、楽しくやらせてもらって本当に感謝です」
“食わず嫌い”をやめて挑戦し始めたウエートトレーニング
もう1人、感謝する存在として挙げたのは、同じ沖縄県出身で2歳年下の大宜見諒2軍ストレングス&コンディショニングだった。2軍での再調整をきっかけに、本格的にウエートトレーニングに力を入れ始めた山川。その理由は、単純なもの。「未知なる領域」への挑戦だった。
「今年成績が出ていたら、していなかったと思うんですけど、2年間、結果を出せていないので、何かを変えなきゃいけない。『変える』というのは、新しいことにトライするということです。ウエートなら、大谷(翔平)が一番やっているんですかね。(彼は)世界一に近い成績を出していて、僕はウエートをしていなくて、これくらいの成績が出ている。やってみたらどうなるんだろうなという興味と『食わず嫌い』がダメだったかなということです」
誰よりも厳しい練習を自らに課してきたが、ウエートトレーニングには積極的には手を出してこなかった。それを山川は“食わず嫌い”と表現したが、飛び込むきっかけをくれた存在が大宜見SCだった。
うさぎ跳びや腕立て伏せ……。自主トレ期間中に行うメニューは、山川自身が「古典的」と認めるほどだ。「つま先から頭のてっぺんまで、ホームランを打つにはすべてを使わないといけない。だから“なんとなく鍛える”んです」とモットーを語っていた。「ウエートも今まで試したことはあったけど、必要と思わなかった分、続かなかった。今は数か月にわたって継続できているし、これからも続けようと思わせてくれたのは、間違いなく大宜見でしたね」。
11月には35歳になり、来季はプロ14年目となる。今年の悔しさは真正面から受け止めた。先を見据える眼差しに、一切の迷いはない。
「今年はあと1か月ちょっとで終わりますけど、僕はありがたいことに来年も契約がある。野球選手として、あと何年できるか……。とりあえず来年はあるわけで、やり終えた時に『自分はトライしたと思えるように』と。そう思ってやっています」
ホームランを愛し、ホームランに生きてきた。誰よりも練習するのは、誰よりも野球に向き合っているからだ。「新しいことをやって活躍したこともあるし、うまくいかなかったこともある。やっぱり“これ”が一番面白いので」。挑戦をやめない山川穂高なら、もっと遠くに白球を飛ばせる。
(竹村岳 / Gaku Takemura)