岩嵜翔との熱い抱擁も「いいのかな…」
プロの世界で戦い続けて、19年。それぞれの道を歩んできた2人の男が、最後に対峙した。試合を止めてまで相手選手と握手するという“異例の光景”。「改めて、最高の野球人生だったと思いますね」。そう振り返ったのは、中村晃内野手だ。この瞬間を迎えるまでに抱いていた“2つの葛藤”。自分自身の心の声、そしてチームメートに背中を押されて、グラウンドに飛び出した。
引退試合として行われた27日のオリックス戦(みずほPayPayドーム)。「6番・一塁」で先発した中村晃は、初回に中堅への二塁打を放った。これが通算1522本目の安打。本拠地のボルテージが最も高まったのは7回だ。1死一、二塁の場面でオリックスの岸田監督が立ち上がる。審判に対して岩嵜翔の名前を告げた。
2007年の高校生ドラフトで1位指名された岩嵜と、3位だった中村晃。同期入団かつ同学年の2人はともに戦い続け、19年目のシーズンを迎えた。最後に実現した“真剣勝負”。3球目の直球を打ち上げて捕邪飛に倒れたが、ベンチへと引き上げる背番号7の表情は晴れ晴れとしていた。
異例だったのは、ここからだ。凡退後、ベンチに引き上げていた中村晃だが、再びグラウンドに飛び出した。マウンド付近で岩嵜と握手を交わし、さわやかに抱き合う。「『いいのかな』という気持ちはありましたね……」。勝敗を争う公式戦で、試合を止めていいのか。生真面目な男の背中を押したのは、ベンチで見守るチームメートたちの声だった。引退試合で見せた行動の裏側と、岩嵜との対戦で噛み締めた「最高の野球人生」とは――。
会員になると続きをご覧いただけます
この先で分かる3つのこと
岩嵜翔との抱擁に戸惑う中村晃…背中を押したナインの声
「撤回していい」城島CBOが筑後で中村晃に掛けた言葉
自らに問い続けた日々…中村晃が下した決断の本当の基準
試合後に口にしたオリックスへの感謝の言葉
「うーん……。『いいのかな』とは思ったんですけどね。でも、チームメートのみんなが『翔が待っている』と言ってくれたので。あそこはちょっと、自分勝手にいかせていただいたという感じですね」
引退試合とはいえ、あくまでレギュラーシーズンの1試合。自身のために試合が止まってしまうことを「自分勝手なのでは」と言うところも、中村晃らしかった。粋な采配のおかげで、野球人生最後の打席を盟友との対戦で終えることができた。「試合に協力してくださったオリックスバファローズの球団関係者の皆さま、本当にありがとうございます」。感動的な場面を噛み締め、深々と頭を下げていた。
2人の野球人生に刻まれた、大きな1ページ。3球で決着した岩嵜との対戦を振り返ると、感謝の気持ちが込み上げてくる。
「真剣に『絶対打ってやる』という気持ちでやった結果、負けたので。最後に同級生の翔で終われたのは、改めて最高の野球人生だったのかなと思いますけどね」
フル出場を果たして5打数1安打。最後の試合で快音を響かせたことよりも、36歳は自身にベクトルを向けた。「1本出たのはよかったんですけど、やっぱり真っすぐが弾けなかった。『今までならこうだったな』とか思いながら。衰えたというか『良い時ならもっとできたな』というのは感じながらやっていましたね」。スタメン起用は今季4度目で、1試合で5打席立ったのは初めてだった。ゲームセットの瞬間までグラウンドに立ち、自らの現在地も痛感したような1日になった。
城島健司CBOから引退を「撤回していいから」
今季限りでの現役引退を発表したのは、7月3日。それから3か月あまり――。引退セレモニーでは、抱え続けてきた葛藤を赤裸々に打ち明けた。
「実は引退会見の後も、何度も自分に問いただすことがありました。『まだやれるんじゃないか。本当にここで終わっていいのか』。何度も問い続けました。しかし、最終的に出る答えは、変わりませんでした。この強いホークスのレギュラーとして出場していく力は、まだ私に残っているのか。自信を持ってイエスと答えられなくなりました。その時点で、潔くユニホームを脱ぐ。そういう決断にいたりました」
囲み取材で明かしたのは、編成の“トップ”である城島健司CBOとのやり取り。そして自らの胸に打ち立てていた“絶対”の基準だった。
「城島さんが筑後に来ていただいた時も話をして。『いつでも撤回していいからな』と言われました。いろんな人から『まだできるよ』というメッセージをもらったんですけど、僕の基準はホークスのレギュラーとしてプレーする、出場する。そして、それを続けること。ただ打てないからやめるのではなくて、自信を持って『できる』と言えなくなったのが一番の引退の原因だったのかなと思いますね」
周囲への気遣いを忘れることなく、自分が決めたことは貫き通す。3時間15分のラストゲーム。背番号7が積み重ねてきたものが、たっぷりと見えた一戦だった。「一生に一度の1日を最高に楽しんで、味わって過ごせたと思います。だけど、もちろん勝ちたかったですよ。大津(亮介)にも白星をつけてあげたかったですから」。中村晃は19年間、全力で走り続けてきた。いつだって、勝つために。
(竹村岳 / Gaku Takemura)