悔しさの残る3連覇「今年の優勝は味が薄いですね……」
2026シーズン、ホークスは3年連続のリーグ優勝を飾りました。鷹フルでは主力選手はもちろん、若手やスタッフにもスポットライトを当てながら今シーズンを振り返っていきます。チームに欠かせないユーティリティプレーヤーとして貢献した川瀬晃内野手は、心身ともにボロボロの状態で1年間を戦っていました。危機的状況になった身体と、密かに計画が進められていた「投手・川瀬」――。優勝にも悔しさを滲ませる、その心中に迫ります。
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「今年の優勝は、味が薄いですね……」
苦笑いを浮かべて、川瀬はこう溢した。福岡移転後初となるパ・リーグ3連覇。チームは新たな歴史を刻んだものの、その表情は晴れやかとはいかない。悔しさの残る1年を「ビールかけはノンアルコールビールで」と例えた。
「自分のやりたいことができなかった。出たところで結果を残せていたかというと、そうではないので」。昨季はチームの救世主として大きな貢献を果たした。ただ、今季はここまで66試合の出場で打率.209。昨季から出場試合数も、打撃成績も下げることになった。
プロ11年目。川瀬は今までの野球人生で味わったことがないほどに苦悩し、苦闘していた。「自分のようなタイプは、1年間を通して1軍にいなきゃいけない。自分の中でも目標ではあったので、そこは悔しいですね」。はつらつとしたプレーの裏側で、医師から「完治しない」と告げられた首のヘルニア。いつ発症するか分からない不安と恐怖を抱えながら、チームに貢献しようと自ら入ったブルペン――。川瀬の独白で2026年を振り返る。
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この先で分かる3つのこと
朝起き上がれず判明した「首のヘルニア」と襲う恐怖
ブルペン入りした理由と首脳陣へ打診した「投手準備」
後輩・庄子雄大の台頭に感じた「負けられない」思い
シーズン序盤から首に痛みを抱えていた。本来の動きができない中でも懸命に役割を果たしていたが、その表情は暗かった。危機的状況になったのは5月25日の朝。翌日からの巨人戦に備え、東京に移動する日だった。ベッドで目を覚まし、身体を動かそうとすると異変に襲われた。「起き上がれなかったです。首がピクってなって……。ヤバいと思いました」。呼吸が浅くなり、腕が上げられなくなった。
医師から伝えられた診断は…「怖いですね」
医師から伝えられたのは「首のヘルニア」だった。療養しても完治はしない。いつ激痛に襲われ、動けなくなるか分からない恐怖。「怖いですね。突然痛くなるかもしれないし、その日の朝に決まる感じなんです。朝起きた時の重さとかで……」。不安と付き合っていくしかなかった。毎日、試合前と就寝する際に痛み止めの薬を服用。精神的なストレスが重なり、肌も荒れた。
「でも、それは表立っては言いたくなかったんです。言い訳になっちゃうので」
首の痛みを抱えながらも、必死にグラウンドに立ち続けた。どれだけしんどくても、川瀬らしく常に万全の準備を怠らなかった。「自分の中で準備は最低限なので。絶対にやっておかないと不安になる部分もあるし、そこだけは欠かさずにやってきましたね」。試合前練習では本職の遊撃だけでなく、二塁や三塁、時には一塁も守った。
そして、今年は密かに「投手・川瀬」の準備も進められていた。
7月10日に行われた楽天戦(みずほPayPayドーム)の試合前練習でのことだ。ホークスは、約1週間後の同18日から、前半戦最後の9連戦を戦う予定になっていた。中継ぎ陣に大きな負担がかかる長い戦いを控え、背番号0の姿は本拠地のブルペンにあった。
「(登板する)条件はもちろんありましたけど、(首脳陣から)『そういうこともあるかもしれないから』ということで。ストライクが入らないと、どうにもならないので。ブルペンに入って、やれることはやっておきたいなと」
川瀬を奮い立たせた後輩の姿「負けていられないって思い知らされた」
仮に大量ビハインドを背負う展開となれば、中継ぎ投手の“無駄使い”はできない。9連戦中となれば、なおさらだ。大分商高時代にはエースの森下暢仁投手(現広島)に次ぐ2番手として、最速143キロを計測したこともある川瀬自身が、首脳陣に投手としての準備を申し出たという。
「僕が投げるということは、チームはそういうこと(敗色濃厚)なので。実現しないに越したことはないですけどね」
野手の登板はあくまでリリーフの温存が目的。決して投手としてのパフォーマンスが期待されるわけではないが、与えられる可能性のある役割に、100%の準備を行うのが川瀬晃という男。この9連戦を7勝2敗と大きく勝ち越し、登板は幻に終わったものの、首の不安を抱えながらここまでの準備を行っていた。
川瀬を奮い立たせていたのは、今季のホークスの遊撃手で最も先発出場数が多かった2年目の庄子雄大内野手の存在だった。
「庄子が出てきたというのも大きいです。(庄子は)1試合1試合、打てなくても四球を取ったり、塁に出たら走ったり……。何かで必ず貢献する。その姿を見ていて『もっとやらないといけない、負けていられない』と思い知らされた1年でした」
満身創痍で戦ってきた2026年。庄子の台頭もあって、確かに出番は減った。ただ、見てきたファンなら分かっている。怠らない準備と、その安心感。川瀬晃がチームに果たした貢献を――。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)