津森宥紀が明かす衝撃の告白と復活劇の全貌
ホークスは福岡移転後、初となるパ・リーグ3連覇を成し遂げました。鷹フルではさまざまな角度から今シーズンを振り返ります。今シーズンは中継ぎの一角としてフル回転した津森宥紀投手が語ったのは、「靭帯損傷」を負っていたという衝撃の事実でした。「何をしても上手くいかなかったです」。復活劇の裏にあった長かった苦悩の時期、そして杉山一樹投手からの“ブチギレ。「お前がそうしていたらいけない」――。歓喜の瞬間を迎えた右腕の“転換期”は、2年前の秋にありました。
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もう遠慮する必要はなかった。3連覇の立役者として、胸を張って胴上げの輪に飛び込んだ。「自分が活躍して優勝というのは、今までなかった。今年はしっかりと最後まで貢献して、味わいたかったです。いつも端っこから(輪の中に)入っているので」。今季は47試合に登板して2勝20ホールド1セーブ、防御率1.64。終盤戦では勝ちパターンを託されるなど、必要不可欠な存在だったことは誰もが認めるところだ。
入団2年目の2021年から4年連続で45試合以上に登板。ブルペンの一角として着実に経験を積んでいたが、昨シーズンは22試合の登板にとどまった。「何をしても上手くいかなかったですね。何が正解かわからなかったし、“自分”が見つからなかった」。マウンドでは度胸満点の投球を貫く男が、沈み込んだ1年間。復活を期した2026年だったが、まさかの大怪我が自身の身を襲った。
一斉に競争がスタートする2月の春季キャンプ。首脳陣に対して“秘密”を貫き通した。「リハビリに行ったら、本当に終わるので」。注射針の痛みに耐え続けたのは、今季にかける思いが大きかったから。そして自分自身を見つめ直すきっかけとなったのは、同学年・杉山の“ブチギレ”だった。「お前はしっかりしないと」――。背番号11が明かす衝撃の告白と、復活劇の全貌に迫った。
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この先で分かる3つのこと
隠し通した大怪我…津森宥紀がキャンプで賭けた悲壮な覚悟
「お前がしっかりしろ」杉山一樹が津森宥紀に怒った理由
「チームBが鍵」森唯斗らの金言と津森宥紀が抱く誇り
1月の栃木自主トレで右足首を負傷していた
「靭帯を損傷していましたね。はじめは『捻っただけかな』と思っていたんですけど、損傷までいっていました」
今年の1月、右腕は松本裕樹投手や上茶谷大河投手らと栃木で自主トレを行った。期間は2週間。その序盤に右足首を痛めてしまった。「腫れもあったし、痛いなとは思っていたんですけどね」。鍛錬の日々を終えて、2月1日にキャンプイン。「そこで足専門の先生が来ていて、診てもらったんですよ。そしたら『これは切れている』と言われました……」。自分でも気が付かないところで、靭帯損傷という大怪我を負っていた。
注射を打って、すぐに回復を図った。“復活の1年”にするはずが、スタートラインにすら立てなくなる可能性もあった。
「切れているとは思っていなかったし、不安しかないキャンプインでした。痛かったけど、リハビリに行ったら自分も終わる。だから(首脳陣にも)隠していました。トレーナーさんにも『足首が痛い』とは言っていたんですけど『できるので、言わなくて大丈夫です』と。あかんかったら仕方ないし、やるしかなかったですね」
自分に対してブレーキをかけざるを得ない日々。幸い、治療の効果はみるみると表れ、戦線離脱するまではいかなかった。もちろん、状態は上がってこない。3月3日のヤクルトとのオープン戦(みずほPayPayドーム)では3四球を与えるなどして2失点。試合後、帰路に就く右腕の表情は呆然としていた。
オープン戦では5試合に登板して防御率7.71。競争から脱落し、開幕を2軍で迎えることが決まった。投球フォームにおいて見つめ直したのは、動作の“流れ”。これまでは左足を上げた際にピタッと静止する瞬間があったが、今季は止まらずにスムーズなフォームに修正したことで躍動感が戻ってきた。「いろいろと考えたら、今の形にたどり着きました。腕を振れるかが一番大事ですね」。自己最速まであと1キロに迫る155キロも計測。心身ともに成長を遂げた姿で、悲願の3連覇に貢献した。
2024年の日本S…杉山一樹が明かす“ブチギレ”の真相
2025年はプロ入り後で最大の不振を味わった。「悩んで悩んで……考え過ぎていましたね」。右腕はなぜ、何度も直面した壁を乗り越えることができたのか。自分自身を変えなければならない――。そう思わせてくれたのが、杉山の存在だった。時計の針は、2024年の秋にまで遡る。
同年、DeNAと激突した日本シリーズ。松本裕、藤井皓哉投手が戦線を離脱し、ブルペン陣は苦しい戦いを強いられていた。「1回、ブチギレましたね」。当時の状況を振り返る杉山の表情に、笑みは一切ない。津森を含めたブルペン陣が発する、空気の“緩み”を敏感に感じ取っていた。
「練習をちょっとして治療に入るというのが多かったし、その他にも感じることがめっちゃあったので。治療は悪いことではないと思うんですけど、根本的に解決することは少ない。トレーナーさんも、決して整体師ではないので。トレーニングやアーリーワークといった、やるべきことをちゃんとやっていればいいと思うんですけど、藤井さんも松本さんもいない状況。その時は(ロベルト・)オスナも帰ってきたばかりだったので。ちょっと信じられなかったですね」
杉山の言葉は、津森1人を指しているものではなかった。一方で、思いをはっきりと伝えたのも津森だけ。その言動にも、背番号40の強い思いが滲んだ。
「津森のことを慕っている後輩も多いじゃないですか。だから『お前はしっかりしないと』『お前がそうしていたらいけない』という話はしました。だって、野手の方にも申し訳ないじゃないですか。やることをやらずに点を取られるのは許されない。自分の姿や発言が野手の方に見られて大丈夫ならいいと思うんですけど、まずは僕たちがちゃんとやらないと。僕の場合は、それを教えてくれたのが藤井さんや又吉(克樹)さんだったので」
歴代の先輩たちからも金言「ブルペンは“チームB”が大事」
杉山自身も今年の4月にベンチを殴打して左手を骨折した。守護神として背負う重圧。チームを勝たせなければならないという強い思いを、上手く表現することができなかった。5月6日に1軍復帰して以降、29セーブを挙げた背番号40。津森もあらためて信頼を寄せた。「飯もよく行きますしね。クローザーとして、やっぱりすごいなと思いますよ」。
お互いに失敗は犯したかもしれない。しかし、自らの言動を反省し、絶対に乗り越えるという強い気持ちは忘れなかった。歓喜の3連覇。津森の言葉からは「ブルペンのプライド」があふれていた。
「ブルペンは“チームB”の存在が強さになると思います。今年で言えば『オスナ、松本さん、スギ』がいて、その裏には自分や(ダーウィンゾン・)ヘルナンデス、(鈴木)豪太がいるじゃないですか。その辺が安定してから、チームもぐっと勝ち始めたので。“チームB”が抑えていれば、ビハインドでも勝つチャンスは来る。それをできる選手が大事というのは、森(唯斗)さんや嘉弥真(新也)さんからも言われていましたね」
投手陣に離脱者が相次いだ今シーズン。リーグ優勝まで駆け抜けられたのはブルペン陣が盤石だったからだ。靭帯損傷という大怪我を乗り越えて掴み取った自らの立ち位置。プロ8年目に味わった歓喜の美酒は、津森宥紀の記憶に深く深く刻まれた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)