今年の2月…小久保監督が斉藤監督に託していた教え
若鷹たちの輝く未来のために――。指導者となった“師弟”は何を貫き続けるのか。ホークスの2軍は16日、ファーム・リーグ西地区優勝を決めた。歓喜の約7か月前、2月1日に宮崎のキャンプ地で行われた小久保裕紀監督と斉藤和巳2軍監督のサイン会には、ファンが長蛇の列を作っていた。結果が全ての世界において、常に選手へ寄り添う姿勢を崩さない2人。小久保監督は「昔を思い出しながらね。その頃はまさか1軍と2軍の監督になるだなんて思っていなかったからさ」と目尻を下げていた。
プロ3年目の1998年9月、右肩を手術した斉藤監督は小久保監督と同時期にリハビリを行うことになった。「小久保さんと出会っていなかったら、今の俺はいないよ。それは間違いない」。今ではともに「監督」という肩書きを背負い、選手たちを導く立場となった。2人のリーダーは、胸の中に“絶対”の指針を打ち立てている。
小久保監督も2022年から2年間、2軍監督を務めていた。2023年にはファーム日本一も経験。若鷹の葛藤や苦悩は、身をもって知っている。かつてどん底のリハビリ期間を乗り越えた弟分が、今年から2軍を率いることになる。「ファームの指揮官として、1年間何を貫いてほしいか」――。そう問いかけられた小久保監督は、斉藤監督の背中を押すように“唯一無二の教え”を託していた。
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この先で分かる3つのこと
「選手ファースト」に斉藤2軍監督が抱く意外な本音とは
斉藤2軍監督が毎日欠かさず行う「1日3試合」の日課とは
マウンドで流した涙…斉藤和巳が回想する2006年の裏側
選手との接し方…指導者4年目でも見つからない“答え”
「どうやったら選手が育つのか、それが一番です。『選手ファースト』でいること。その姿を貫いてほしいです」
4軍、3軍での監督経験を経て、今シーズンから2軍の指揮官に就任した斉藤監督。ファーム・リーグ西地区で圧倒的な力を示し、ゴールテープを切った。指導者となって今年が4年目。優勝という節目を迎え、斉藤監督は小久保監督からの「選手ファースト」という言葉をどのように受け取ったのか――。選手との距離感において、まだ“正解”は見つからないという。
「小久保さんの言いたい意味は、だいたいわかるけど。それは自分で判断するところではないからね。俺の近くにいるコーチ、スタッフ、あとは選手も含めて、どう感じているかじゃない? 俺が『選手ファーストでやってきました』と自分を肯定したところで、答えは常に他人の中にあると思うから」
2軍にはさまざまな立ち位置の選手がいる。腐らず練習に取り組むベテラン、1軍昇格に向けて調整する中心選手、方向性を見つけられない若手……。その接し方は「難しいよ。ここまで簡単なことなんて何一つなかった。自分の技能のなさかもしれないし、それは自分でもわからん」。確かに、1年間は苦悩の日々だった。貫いてきたのは、真正面から選手とぶつかっていくことだ。
「良いことは良い、悪いことは悪いと伝えるのが一番大事。特に2軍以下の選手は未熟なので、そこもしっかり教えてあげないと。(中村)晃とか嶺井(博希)を見ていると『やっぱりそうだよな』と。“1軍の選手”を再確認させてもらうことが多かった。若い選手たちについても『今の子はこういう考えなんや』『じゃあどうしたらいいんやろ』と、少しでも受け止めようとしているところかな。選手たちへの理解はするよ? やけど同情はしない。それをすると成長が止まってしまうから」
指揮官の1日は長い。自らが指揮を執る2軍戦だけではなく、1軍と3軍の試合も必ず映像でチェックする。“上下”に挟まれる立場だからこそ、選手たちの表情の変化は絶対に見逃さない。「1軍から落ちてきた時、3軍から上がってきた時に変化があるかもしれへんやん。やから“1日3試合”やな」。選手たちにプロの姿勢を求めるのは、自分自身も妥協していないから。「選手ファースト」という使命を、斉藤監督なりに1年間守り続けてきた。
2006年の涙「あの時はもう肩がボロボロだった」
現役時代は、何よりもチームの勝利を“最優先”してマウンドに立った。「ふさわしいやつに試練は来る。突き詰めたやつにだけチャンスは訪れる。そういうやつが結果を出すのは、時代が変わっても同じよ」。ダッシュ1本にしても、スタートするのはトレーナーの笛が鳴ってから。妥協なき姿勢を見せ続けた指揮官だからこそ、思うことがある。「宗教とかないで? でも『野球の神様』はほんまにいると思うのよ」――。
2006年10月12日。日本ハムとのプレーオフに敗れ、指揮官は札幌ドームのマウンドで崩れ落ち、涙を流した。「あの時はもう、肩がボロボロやったんよ」――。あまりにも残酷な結末は、“野球の神様”の存在を思い知る瞬間だった。自分自身の準備は、何が足りなかったのか? 繰り返した自問自答の末、感謝の思いを抱けるようになったのは、ユニホームを脱いでからだ。
「現役の時は『悲劇のヒーロー』とか、いろんなことを言われたよ。愛想笑いしかできなかった。俺は次の年も開幕投手よ? 誰も覚えていないやん。だけど、今は『あの試合が俺を作ってくれたかな』って。そう思えるようになったのは、現役が終わってからかな。ファンの人たちの記憶に刻まれるシーンがある。あれが俺やと思ってもらえている。それもまた、ありがたいことなのよ」
一切の妥協を許さず、走り切ったからこそ得られることがある。現役でいられる時間は限られている。後悔することなく、毎日を過ごしてほしい――。ともに歓喜を掴み取った若鷹たちへ、指揮官は心からそう願っている。「言うことを聞くだけが“選手ファースト”じゃない。やるやつはやる。気づくやつは気づく。それは結局、今も昔も変わらないよ」。室内練習場で選手たちの手によって宙を舞った斉藤監督。その目線は早くも先を見据えていた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)