中村晃が流した涙のわけ 現役引退は誰にも相談せず…家族と野球に示した「最大の敬意」

  • 記者:竹村岳
    2026.07.03
  • 1軍
記者会見で涙を流す中村晃【写真:栗木一考】
記者会見で涙を流す中村晃【写真:栗木一考】

記者会見の壇上で流した涙…声を詰まらせた家族の質問

 ソフトバンクは3日、中村晃内野手が今季限りで現役を引退することを発表した。プロ19年間で積み上げたのは1520本ものヒット。ホークス一筋を貫いてきた“愛する男”が、バットを置く決断を下した。

 今季は開幕1軍を掴んだが、昨年11月に腰の手術を受けた影響もあり23試合に出場して打率.129。わずか4安打と苦しんだ。6月9日に出場選手登録を抹消されると、10日から2軍に合流。28日のオイシックス戦(タマスタ筑後)では、3点差を追いかける9回無死満塁から逆転サヨナラ満塁本塁打を放つなど、自らの打棒で健在ぶりを示していた。

 みずほPayPayドームで臨んだ記者会見。壇上の代表インタビューは28分にも及んだ。背番号7が声を詰まらせたのは、家族について質問が飛んだ時だ。

「子どもも生まれて、僕自身を支えていつも応援してくれていた。本当に、申し訳ないなという気持ちもありました」。そう切り出すと、表情はどんどん崩れていく。目を赤くして、絞り出すような声で「いつも結果が出なくても家に帰った時は、明るく接してくれたので、感謝の気持ちでいっぱいです」と続けた。

 口にしたのは家族への「感謝と、申し訳なさ」。現役引退を決断するまで、自分の胸の中だけで葛藤を抱いていた。美しかった涙のわけ――。

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この先で分かる3つのこと

声を詰まらせて語った家族への感謝と申し訳なさ
相談相手もなし…現役引退を決意した「6月4日の夜」
2年前の反省を経て…19年間の最後に示す野球への「最大の敬意」

「勝手に決断したのが申し訳なかったなと思います」

「年齢はどんどん上がっていきますし、チームとしても若い選手をどうやって使っていくかとい課題もあったと思うので。選手としてプレーできるのは、もうほんのわずかしかなかった。その中で結果を出すことができなかったのが、スパッと決断した理由の1つですかね」

 近年は「結果を出せなければ引退」という気持ちを常に抱いていた。昨シーズンは89安打を放ってリーグ優勝に貢献したが、その思いは変わらなかった。引退への覚悟を明確に抱き、今季に飛び込んでいた。

 決意した瞬間については「6月4日のドラゴンズ戦の試合後です」と明かす。この日、左腕・金丸の直球に差し込まれ、二飛に倒れていた。「自分の中で、ざっくりと交流戦くらいをめどに結果が出れば続けるし、出せなければそういう判断をしようと思っていたので」。

 名古屋市内のホテルに戻る。現役引退は、誰にも相談することなく、自分の中だけで決断した。ここに家族への「申し訳なさ」があった。

「もう少し長く、現役を続けたい気持ちはもちろんありました。でも、結果が全ての世界なので。最後、自分でしっかりと身を引きたいなと思いました。そこを勝手に決断したのが申し訳なかったなと思います」

 引退を決意した翌5日、チームは横浜に移動してDeNA戦に臨んだ。家族も来ており、そこで初めて決意を伝えたという。「いつもなら、何に対しても相談してきたんですけど、自分がずっとやってきた野球。誰にも相談することなく自分で決めたいと思っていたので。最初は信じられないような感じでしたけど『自分で決めたんでしょ?』とは言われました」。支えてくれた愛妻にはもちろん、心から感謝しかない。

チームメートに囲まれて笑顔を見せる中村晃(中央)【写真:栗木一考】
チームメートに囲まれて笑顔を見せる中村晃(中央)【写真:栗木一考】

2年前とは違う背景「すごく反省している」

 2年前の2024年、中村晃は打率.221に終わり、過去にないほど、苦しい1年間を過ごしていた。リーグ優勝も見え始めていた9月、家族に「辞めようかなと思っている」と打ち明けた。この時は妻に反対されて翻意した。月日は流れ、今度こそ正真正銘、自分の中だけで下した引退の決意。それこそが、中村晃の野球に対する「最大の敬意」だった。

「2年前に相談したのは、すごく突発的だったというか。今思えば『何考えていたんだろうな』と思います。その時の自分というのもすごく反省しています。だけど、野球というのは小さい頃から一生懸命やってきたことなので。決める時は、最後は自分で決断をするというのが、野球に対して、そして今までやってきた自分に対する“最大の敬意”だと思ったので。自分だけにしかわからない部分もあると思う。だから相談せず決断して、皆さんに報告していきました」

 6月8日の月曜日。小久保裕紀監督と本拠地で顔を合わせて、引退への思いを打ち明けた。その後、柳田悠岐外野手と今宮健太内野手にだけは同じく決意を伝えていた。「びっくりはしていましたし。ずっと一緒に戦ってきた2人なので。そこは特別な思いがありましたので。一番先に伝えたいなという思いでした」。たくさんの人に支えられて戦った19年間。今シーズンが終わるその時まで、ホークスのために全力を尽くすつもりだ。

 1つ1つの質問に丁寧に答え続けた。声を詰まらせたのは、それだけ家族に対する感謝が大きいから。残された時間の中で、その“生き様”を、グラウンド上で見せていきたい。

「本当に妻の支えが無かったらここまで野球やれていないです。それと同時に息子の存在もすごく大きかった。もうちょっと長くできれば良かったんですけど、まだまだこれからかっこいい父でありたいと思いますし、夫でありたいなと思っています」

 誰にも相談しなかった。自分の中で決断したというのも背番号7らしかったはず。ホークス一筋19年、最後の最後まで中村晃は全力で走り続ける。

(竹村岳 / Gaku Takemura)