新潟から大阪まで…500キロを超えた母の愛情 池田栞太の野球人生、打倒ライバルに燃えた3年間

  • 記者:竹村岳
    2026.06.17
  • 2軍

2014年の新潟県大会決勝…目に焼き付いたサヨナラ負け

 ホークスの将来を背負う育成選手に焦点を当てた新コーナー「未来の推し鷹」。今回は、育成1位で入団したルーキー・池田栞太捕手が登場です。野球を始めるきっかけは、ライバルに許したサヨナラホームランでした。安堵感が押し寄せた運命のドラフト、500キロを超えた“母親の愛”――。19歳の野球人生を紐解きました。

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 白球が無情にもスタンドに消えていく。目前にまで迫っていた“聖地出場”を逃し、悲嘆に暮れる高校球児の姿。7歳だった池田は現実を目の当たりにし、そして決意を固めていた。「絶対に、こいつらに勝つ」――。

 幼い頃から、野球の存在は身近にあった。「僕のいとこも野球をやっていたので。その応援にも行っていたら、自然と始めていた感じです。父親は小学校のチームで監督をしていましたし、僕が高校生とかになっても出ている試合は全部見にきてくれました」。今では184センチ、91キロの恵まれた体格を持つ。家族の存在にも支えられて、メキメキと力をつけていった。

 野球を始めたのは8歳。そのきっかけは1年前にあった。2014年7月27日、「HARD OFF ECOスタジアム新潟」で高校野球の県大会決勝が行われた。スタンドで観戦していた池田は、自身が後に入学する関根学園高を応援していたが、勝利したのは日本文理高。1点をリードしながらも、9回裏にサヨナラ3ランを浴びて涙を流した。その瞬間に抱いた感情こそ、池田を突き動かしてきた燃えるモチベーションだ。

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この先で分かる3つのこと

弾道まで明確に…7歳の記憶に刻まれたアーチ
ドラフト会議の心境を振り返る「焦りがあった」
プロ初安打を手渡した母…500キロを超えた大きな愛

日本文理高は「絶対に勝ちたい壁だった」

「僕のいとこも関根学園出身で、(県大会決勝で敗れたのは)いとこが卒業した次の年だったんですけど。3ランは弾道まで覚えていますね。甲子園に行けないという瞬間を目の前で見て『日本文理には負けたくない』『絶対に倒して甲子園に行く』と、子どもながらに思いました」

 池田も関根学園高に入学し“打倒ライバル”に燃える3年間が始まった。1年秋には準決勝で激突したが、敗退。リベンジのチャンスが来たのは、3年春の3回戦だ。「“自分たちの代”になって、絶対に日本文理を倒そうと。過去に通算でも1回しか勝っていなかったんですよ。ライオンズの滝澤さんがいた時なんですけど、だからこそ余計に負けられないと思っていました」。

 結果は7-5で勝利。池田もホームランを含む6打点の大活躍で、大金星を掴み取った。「自分の気持ちも出ていたんだと思います。絶対に勝ちたい相手だったので、試合が終わった時はめちゃくちゃ嬉しかったです」。3年間で甲子園出場は果たせなかったが、日本文理高というライバルの存在が自分を成長させてくれたのは確かだ。

 高校通算15本塁打。運命のドラフト会議は学校内に用意された会見場で指名を待った。「5位くらいから『これはちょっとまずいな……』と思っていました」。支配下でのプロ入りを期待していたが、名前が呼ばれたのはホークス育成1巡目。胸に押し寄せたのは安堵感だった。

「とにかくホッとしました。支配下であればいいなと思っていたんですけど、ドラフトがどんどん進んで自分でも焦っていました。『あ、これないかもな』と思い始めていたので、ホークスに選んでもらった時は安心しました」

5月16日に2軍戦初ヒット…母に手渡した記念球

 プロの世界に飛び込み、順調に実戦経験を積み重ねている。5月15日から17日には、2軍の関西遠征に帯同。16日のオリックス戦では9回に代打で打席へ。初球のスライダーを左前に運び、NPB初安打を記録した。「ストレートを狙いながら、変化球が浮いてきたら打ちにいこうと。読みが外れたら空振りしてもいいとは思っていたんですけど、割り切れていたのが良かったと思います」。

 試合が終わってスマートフォンを確認すると、LINEが届いていた。「いるよ」。急いで球場の外に出ると、母が手を振って待っていた。新潟から大阪まで約500キロ、車を飛ばして自分のプレーを見にきてくれた。「『いるの!?』とびっくりしました。来ているのは知らなかったので。2軍ではありますけど、NPBの記録に残るヒットですから」。照れながら記念球を手渡すと、母も微笑んで喜んでくれた。19歳の恩返しは始まったばかりだ。

 今年の7月、フレッシュオールスターは「HARD OFF ECOスタジアム新潟」で行われる。結果を残し続けることで、最高の形で“里帰り”を果たしたい。「7歳の頃に見たサヨナラホームランも、僕が高校最後の夏に負けたのもエコスタだったので。いい思い出も嫌な思い出もある球場です。欲を言えば、フレッシュオールスターという形で戻れたら一番いいのかなと思います」。這い上がってきた19歳なら、必ず支配下登録を掴み取れる。

(竹村岳 / Gaku Takemura)

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