プロ入り最長の7回…横目で見つめた指揮官の動き
厳しく怒ってくれる先輩がいたから、ここまで成長ができた。今も忘れない真っすぐな言葉。「今だけやぞ」――。前田悠伍投手が通算5個目の白星を手にし、大好きな先輩に肩を並べた。ルーキーイヤーから何かと面倒を見てくれた存在。分かち合ってきたのは、ドラフト1位の重圧を背負う使命だ。
13日のヤクルト戦(みずほPayPayドーム)に先発した前田悠。2回にソロアーチを許したが、回を重ねるに連れて安定感は増していった。「やっと投げられると思いましたね。いつも5回で(小久保裕紀)監督が来るので。今日もちょっと横目で見ながら『よっしゃ、来ない』と」。プロ最長となる7回を101球を投げ切り、1失点。今季4勝目を挙げた。
2年目の昨シーズンにプロ初勝利を挙げた。今季の4勝と合わせて、通算5勝目が「誰に並んだか、知っていますか」――。そう問いかけられた20歳の左腕は、囲み取材に立ちあった人物に満面の笑みで目線を送った。
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この先で分かる3つのこと
通算で5勝目…前田悠伍が笑顔で見つめた人物
1年目の春季キャンプで「怒られた」という経験
ドラフト1位の使命…少しでも変えてみる「表現」
2024年2月の春季キャンプ…左腕が漏らした言葉
「クワさん(鍬原拓也広報)です。さっきもクワさんと『並んだな』みたいな話をしていたので。次に6勝目を挙げて、早く抜けるように頑張っていきたいです」
ドラフト1位として入団してきた前田悠と、巨人から構想外通告を受けて育成契約を結んだ鍬原広報。2024年が2人にとって“ホークス1年目”で、春季キャンプでは同じB組となり、濃密な時間を過ごした。左腕にとって、鍬原広報は挨拶や言葉遣い、マナーといった礼儀作法を叩き込んでくれた先輩だ。
そんな鍬原広報から「怒られた」経験があるという。
「覚えていますね。初めての宮崎キャンプで、初めの頃だと思うんですけど、『毎日取材があるんですよね』みたいな話をしていたら『ドラ1で入って、誰もが注目する。でもそれは1年目だけ、今だけやぞ』と怒られましたね。『確かにな』と思ったので、そこからは受け応えもしっかりしようと思うようになりました」
1年目の出来事を懐かしそうに振り返る。大阪桐蔭高時代に3度の全国制覇を果たし、3球団が競合してホークスが獲得したドラフト1位。高卒新人の注目度は群を抜いていた。前田悠が動けば、報道陣も動く。そんな日々の中でポツリと漏らした言葉を、鍬原広報は見逃すことなく注意した。
「確かにそれまでだったら『もういいです』となっていたかもしれないです。でも調子を崩せば注目もされなくなるし、消えていく世界じゃないですか。クワさんの言葉で、なんでもちゃんとやっておくことで、後になっていいことがあるかもと思えるようになりました」
鍬原拓也広報も引退時に感じたこと「もっとちゃんと…」
鍬原広報も、2017年のドラフト会議で1位指名を受けて巨人に入団した。伝統ある球団で6年間を過ごし、通算80試合に登板。同じ順位でのプロ入りだったからこそ、注目を浴びる気持ちが理解できた。「2年目、3年目になって悠伍の方から『もっと取材を入れてくださいね』と言うようになった。それは素直に驚きましたね」。ユニホームを脱ぎ、裏方としてホークスに貢献する今。後輩左腕に、寄せる期待は大きい。
「僕は引退した時に、『もっとちゃんと(取材を)受けておけばよかったな』と思ったんです。引退すると決めた時に、巨人の頃から(親交があった)記者の方からも『記事を書きたい』と連絡をいただいたりしたので。少しでもそういった気持ちがないように過ごしてほしいですね。選手としても、『また5回(で降板)やな』と声をかけたら『6回行けましたよ』と返してくる。その強気も大切にしながら、もっと長いニングを投げられるようになれば本当のエースに近づいていけるんじゃないですか」
大好きな先輩に並んだ5勝目。3年目を迎えた左腕の表情は、登板を重ねるたびに逞しくなっている。勝ち星を積み上げれば必然的に高くなっていく注目度。ドラ1として背負う使命を、前田悠もしっかりと理解していた。
「(インタビューでも)できるだけ同じことは言わないように心掛けています。同じ質問だとしてもちょっと表現を変えてみたり。一言一句同じだと、それも少しつまらないのかなと。実際、1軍で投げるようになって取材も多くなったかなと思いますね。勝てば取り上げてもらえる。逆に言えば、勝てなければ減っていくとも思うので。ここからも頑張っていきたいですね」
この日の囲み取材で目線を送った前田悠。それに対し鍬原広報は「僕のことはいいんですよ!」と照れ笑いを浮かべた。今では選手と裏方という関係性だが、尊敬の気持ちは何も変わらない。どれだけすごいピッチャーになってもきっと、左腕の胸には「今だけやぞ」という言葉が刻まれているはずだ。
(竹村岳 / Gaku Takemura)