体調不良で「山に向かって石を投げた」 強豪校撃破の裏側…熊谷太雅が語るまさかの過去

熊谷太雅【写真:竹村岳】
熊谷太雅【写真:竹村岳】

宮城県出身の高卒2年目左腕・熊谷太雅

 育成選手に焦点を当てる鷹フルの新コーナー「未来の推し鷹」。今回は、高卒2年目左腕の熊谷太雅(くまがい・たいが)投手の登場です。39度の高熱にうなされながらも、公式戦で強豪校を撃破したという過去。最大の衝撃は「山に向かって石を投げていたんです」――。令和では考えられないようなストーリー。左腕は一体、どんな野球人生を歩んできたのでしょうか。

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「石を投げていたんです」

 漫画のような話を、19歳の若鷹は事もなげに語る。2年目のシーズンを迎えた熊谷だ。宮城県出身の左腕は4歳上と5歳上、2人の兄の影響を受けて野球を始めた。兄はどちらも右利きで「父親が自分を『サウスポーにしたい』と思っていたみたいです。それで左利きのグラブを持たされて、そこからずっと左投げです」。父の願いを体現し、2024年育成ドラフト12位でプロの世界への扉を開いた。

 中学時代、野球部の同学年はわずか6人。「全校生徒でも100人はいなかったと思います」と青春時代を振り返る。進学先として選択したのは、春と夏に1度ずつ甲子園出場の経験がある東陵高だった。「一緒にやっていたチームメートと同じところに行ってみたいとも思っていたんですけど、逆に対戦したいと思うようになって。自分だけ別の高校を選びました」。

 2年の夏まではベンチ外。主力となったのは、2年の秋、つまり“自分たちの代”となってからだった。新チーム発足から間もなくして迎えた9月23日。秋の県大会準々決勝で、その年の夏の甲子園で準優勝していた“王者”仙台育英高と激突し、2-1で大金星を挙げた。「監督も『みんな育英が勝つと思っているから気楽にやろう』と言っていたんですけど、その通りにやったら本当に勝ちました」。勝利という結果だけではなく、驚くべきなのはその裏側。決戦の直前に、熊谷は体調を壊してしまっていた。

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(竹村岳 / Gaku Takemura)