杉山一樹が6日の西武戦で25日ぶりに1軍登録された
「藤井さんって、会っていますか……?」
ペナントレースの序盤、杉山一樹投手がポツリと漏らした。そこには守護神として、孤独と戦う“心細さ”のようなものが滲んでいた。
杉山にとって藤井皓哉投手は、“仲間”という言葉では収まらないほど、大きな存在だ。ともにブルペンを支えてきた精神的な支柱であり、最も心を許す相手。ただ、2月25日に「右肘内側側副靭帯再建術および関節クリーニング術」を受け、今はリハビリの日々を送っている。1軍にいる杉山とは顔を合わせることも少なくなっていた。
守護神として、自分自身に対して高いハードルを設定して迎えた2026年。藤井が不在のなかで開幕を迎え、杉山はブルペンを必死に支えようとしていた。驚きの行動に出てしまったのは、4月11日の日本ハム戦(エスコンフィールド)。1回1失点を喫し、試合が終わった直後だった。感情を制御できず、ベンチを殴打して左手を骨折。まさかの形で離脱することになり、小久保裕紀監督も「信頼が崩れるのは一瞬なので。イチから作り直すしかない」と厳しく言及した。
それから25日が経った5月6日。西武戦(ベルーナドーム)で、杉山は約1か月ぶりに1軍に復帰した。グラウンドに姿を見せると、野手陣をはじめ1人1人に向かって深々と頭を下げていた。「あの事件は自分の中では前向きには捉えられていない。ダメだったら辞めます。やるしかない」。退路を断った決意を胸に秘め、戻ってきた。「丁寧に生きる」という“信条”をもう一度貫き、日本一になるまで全力で腕を振る覚悟を示した。
では、「左手骨折」というまさかの形で戦線を離脱した杉山の姿を、藤井はどんな思いで見ていたのか。「僕は止めていたんです」。今だから明かせるのは、不器用な男同士の友情。どんな言葉で本音をぶつけたのか。「責めたり叩いたりする必要はないですから」――。静かにその舞台裏を明かした。
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この先で分かる3つのこと
藤井皓哉が伝え続けていた「そういうのやめろ」
思わぬ形で再会。藤井から杉山にかけた言葉
開幕前、杉山から聞かれた「どうしたらいいですか?」
藤井皓哉は伝え続けていた「そういうのやめていけよ」
「可能性はゼロではないかな、と思っていました。この2年間は僕や又吉(克樹)さんもいて、そういうのもよく我慢していたと思うんですけどね。彼自身も感情を抑えるようになって、変わってきているなというふうには感じていました」
藤井は言葉を続ける。
「僕は普通に『物には当たるなよ』『そういうのやめとけよ』と言っていました。あいつも去年、その前くらいから『丁寧に生きる』という目標を掲げていたので、物に当たるのはそれにそぐわない行動じゃないですか。僕も(肘を)怪我してしまいましたけど、意図していない形で怪我をして、パフォーマンスを落とすのはよくないし、いつかそうなる可能性があると思っていたので。ストップをかけていました」
2024年から2年間、2人は1軍でブルペンを支え続けてきた。意見交換はもちろんだが、杉山が藤井に心を許していたのは“胸の内を吐き出せる存在”でもあったからだ。「切磋琢磨しながらやってきて、いろんな話をしたり、情報を共有できる感じではあったと思います。ブルペンでも『藤井さん、どうですか?』と聞かれますし、その時は僕からも『俺はこう思うよ』と伝えていました」。白星を積み重ねていくごとに、その絆はより深くなっていった。
苛立ちや不甲斐なさを、抑えられない。背番号40が物に当たってしまう姿を、藤井も何度も目にしたことがあるという。チームの勝利は最大の目標ではあるが、プロ野球選手はあくまでも個人事業主。藤井はなぜ、杉山のためを思い、真っすぐに「やめろ」と伝えられるのか――。そこには「先輩後輩」という間柄を飛び越えた、29歳の深い“愛”があった。
「僕のことを信頼してくれる選手に対しては、できることは最大限したいなと思うじゃないですか。僕から(アドバイスをすることは)絶対にないですけど、聞きに来てくれたらその選手のことは見るようにしていますし。そうすることでお互いの理解も深まりますから。今シーズンに入る前も、スギが『どうしたらいいですか』と言ってきたんですけど、僕なりに映像も見ていたので『ここが違うんじゃない?』みたいな話はしました」
悔しさがなくなったら「選手として終わりだと思うので」
ホークスに入団して以降、藤井も重要な場面でマウンドに上がってきた。たとえ黒星を喫することになったとしても、常に自分の中に原因を探してきた。「僕ですか? 物に当たることはないですね」。どんな登板でも、試合後にはスコアラーとともに映像をチェックするのがルーティンになっていた。プロとして戦う以上、悔しさは誰しもが抱くもの。大切なのは、その熱い気持ちをどう表現していくか、だと藤井は考えている。
「打たれるのは自分の技術不足なので、そこを上げていくことにフォーカスするしかないんです。映像を見るのも『どうやったらいい球になるかな』と思っているから。悔しさがあるから、そうしているだけです。その気持ちがなくなってしまったら、選手としては終わりだと思うので。僕自身はそこに甘えたくないなと思って、ここまでやってきました」
杉山がリハビリ組に移管されると、みずほPayPayドームで久しぶりに顔を合わせた。思わぬ形で訪れた再会。「何やってんだよ」――。笑顔でそう声をかけたのも、苦しさを分かち合い、1軍の舞台でともに戦ってきたから。そして、守護神が背負う重圧を知っているから、だ。「やってしまったことは取り返しがつかないので。だからといって、責めたり叩いたりする必要もないですし、僕は普通に接していたつもりです」。自然体な藤井の優しさには、杉山もきっと救われたはずだ。
タマスタ筑後でリハビリ生活を送っていた時、杉山が使用していたのは藤井のグラブだった。左手に刻まれた傷が消えることはない。「やるしかないです」。口にした決意を、チームのみんなから信じてもらえるように。背番号40は、もう一度「丁寧に生きる」――。
(竹村岳 / Gaku Takemura)