「頼むぞ」から「やってやれ」 木村光の4年間…震えが止まった小久保監督との握手

  • 記者:竹村岳
    2026.04.26
  • 1軍
小久保裕紀監督と木村光【写真:栗木一考】
小久保裕紀監督と木村光【写真:栗木一考】

節目で恒例の握手…小久保監督から「やってやれよ」

 開幕戦を迎えた3月27日。木村光投手は、小久保裕紀監督の右手を固く握った。指揮官にとって“恒例の儀式”ではある。しかし、その掌から伝わってきた熱量はこれまでとは明らかに違っていた。「やってやれよ」。たった一言に詰まっていたのは、“4年分”の物語だ。

 2022年育成ドラフト3位で指名を受け、入団した右腕。当時の背番号は160で、2軍の指揮官を務めていたのが小久保監督だった。「支配下に上げてもらった時の2軍監督ですし、戦力になりたいという思いは強いです。試合の大事なところで、いざという時に僕の名前を呼んでもらえるように」。2桁の背番号を掴み取ったのが、2023年7月。少しずつ経験を重ね、4年目を迎えた今季、初めて手にした開幕1軍切符は、右腕にとって大きな意味を持つ。

 長いシーズンを戦うペナントレース。小久保監督は必ず、節目でチームの全員と握手を交わす。2026年の開幕戦でも1人1人の手をしっかりと握った中で、木村光の番がきた。「やってやれよ」。プロ入りした時から自分を知っている唯一無二の存在。だからこそ、言葉以上の思いを受け取った。木村光が背筋を伸ばし、決意を新たにした「真意」とは――。

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続きの内容は

掌から伝わった熱量。小久保監督から託された「やってやれよ」の重み
「一生忘れない」CSの痛恨。どん底を糧に変えた“高望みしない”強さ
会話はなくても通じている。小久保監督との間に流れる“阿吽の呼吸”

悔しさを胸に刻んだ一球…一冬を越えて見せる成長

「『今年やってやれよ』という意味だったのかなと思います。自分は『頑張ります』と応えたくらいでしたけど、あの時はすごく言葉の重みを感じましたね。やっぱり今年、期待してもらえているんだなと」

 悔しさを胸に刻み込んだ一球がある。昨年10月17日、日本ハムとのCSファイナルステージ第3戦。上沢直之投手からバトンを受け、7回2死満塁の場面で名前をコールされた。マウンドで直接ボールを手渡してくれたのが小久保監督だった。「頼むぞ、頑張れ」。期待を背負い、懸命に腕を振ったが、結果は郡司に3点二塁打を浴びた。打球が外野を超えていく景色は、今も色濃く覚えている。「一生忘れないですね、絶対に」――。

 期待に応えられなかった不甲斐なさは、右腕を突き動かし続けた。オフシーズン、春季キャンプを経て迎えた2026年シーズン。現在の状態を「今の球はプロに入ってから一番いいです」と言い切る。成長を遂げた先に待っていた指揮官の「やってやれよ」という言葉は、1軍の一員として認められた証でもあった。「恩返しができたらいいですよね」。木村光と小久保監督の間には、“無言”でも伝わるような空気が流れている。

「1軍よりも、2軍監督だった時の方がしゃべることは多かったと思います。今も特に話すわけではないですけど、試合中に『ナイスピッチ』って言ってくださるじゃないですか。その時の態度というか、声のトーンとかで“会話ができている”ような感じはありますね」

開幕戦の試合前練習、小久保裕紀監督と握手を交わす木村光【写真:竹村岳】
開幕戦の試合前練習、小久保裕紀監督と握手を交わす木村光【写真:竹村岳】

開幕以降も結果を残し続ける…最大の要因はメンタル面

 オープン戦では7試合に登板して無失点。開幕以降もチームトップの10試合に登板し、防御率0.93と安定した成績を残せている要因は「メンタル面」にあるという。「CSと日本シリーズを経験して、落ち着いて投げられている。いい結果が続いているのはそういうところだと思いますね」。前向きな意味で自分に対する“期待値”を低くしたことで、マウンドから見える景色は明らかに変わった。

「例えばなんですけど、3者連続三振とかはイメージしていないです。真っすぐで外野フライを打たせる、フォークでゴロにするとかは考えているんですけど。打ち取るイメージがしやすくなったと言えばいいんですかね。自分の実力を把握できているというか。これまでは高いところを求めるから体も緊張して、膝が震えることもあったんですけど。今はそういうこともなくて、落ち着くことができています」

 自身の活躍は、小久保監督への恩返しにつながる。どれだけピンチを迎えても、勇気を失うことはない。「やってやれよ」。どんな時でも木村光を強くさせる、大切な言葉だ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)