降板時に浴びた大きな拍手…記憶を辿った183日前
9回1死、この日の初ヒットを許した右腕は笑みを浮かべた。本拠地は大きな拍手に包まれる。その意味合いは、半年前とは全く違っていた。上沢直之投手が見せた134球の熱投。ファンの心により深く、その存在が刻まれた一戦となった。
立ち上がりから抜群の内容だった。2回と7回には味方の失策で走者を背負ったが、後続を打ち取りゼロを並べた。川瀬晃内野手には2度のファインプレーが飛び出し「晃の好プレーが続いた時に、きょうは“そういう日”なのかなと思いました。試合展開的にも大きかったので、感謝しています」。アウトを重ねていくたびに、快挙への期待が高まっていく。結果的には9回、西川の安打に阻まれたが、エースと呼ぶにふさわしいピッチングだった。
小久保裕紀監督が投手交代を告げ、マウンドから一塁ベンチに歩いていく。何度も経験した瞬間だが、快投の後に聞こえた拍手は格別だった。時を遡ること、183日前――。耳に残る音が今も忘れられない。ホークスファンをもっと笑顔にしたいと誓った日だった。
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「きょうは“そういう日”」。川瀬の美技と積み重なる期待
183日前、打ちのめされたエースを救った温かい拍手
アメリカの挫折を得た右腕の人生観「先は長くない」
6失点で降板も…温かい拍手に「頑張って良かった」
昨年10月17日、日本ハムとのCSファイナル第3戦。伊藤大海とのマッチアップは、序盤からリードを許す展開だった。最大のピンチが訪れたのは0-2で迎えた7回。1点を追加され、なお2死満塁で上沢は降板となった。126球のピッチングに、本拠地から拍手が沸き起こる。日本一をつかみ取った2025年、上沢にとってこの登板が最も印象的だった。
「CSで投げたファイターズ戦、降板する時に大きな拍手をいただきました。球場の方々が労ってくれたそのシーンが、僕の中ではすごく印象的です。結果的には悔しかったんですけど。『頑張って良かったな』と、ちょっと思えたので」
2026年となり、右腕は開幕投手を託された。昨季とは立場も、背負う期待の大きさも違う。半年前の「労い」から、この日は快挙の“夢”を見させてくれた「感謝」の拍手へ――。意味合いが変わったのは、それだけホークスファンが上沢を好きになり、応援している証拠だ。「アウトを1つ取るたびに、すごい歓声だったので。楽しい気分で投げられましたし、僕も『土曜日で盛り上がっていていいな』と思えました」。会心の投球を見せた右腕。拭う汗は心地よかった。
目前の大偉業にこだわりなし…右腕が持つ独特の人生観
大偉業まで、あとアウト2つまで迫っていた。しかし、本人は「打たれて『あー』とか、悔しいとかも正直ないです。まあいいかなという感じです」と冷静に振り返る。今季が15年目。口にした人生観にも、右腕が放つ“尊さ”が詰まっていた。
「記録に残りたいとか思ったこともないし、ファンの方々に『見に来て良かったな』と思ってもらえる試合ができたなら、それがよかったです。短い人生、いつまでも野球選手ができるわけではないので。僕もいろんな挫折をしましたし、アメリカに行っても思うようにはいかなかった。もう30代ですし、これから先も長くないので。悔いなく過ごすことが大事だと思っています」
安打を許した9回1死、西川との対戦を迎えた上沢は笑顔だった。「どっちに転んでも、早く終わってくれねえかなと思っていました」。記録にこだわりがなかったからこそ、おどけながら振り返る。時計の針は、午後9時を回っていた。131球目、ワンバウンドとなったカーブはわずかにファウルの判定。「その後にヒットを打たれるのも流れだし、野球。そういうところも含めて楽しかったですよ」。すべてを受け入れる潔さもまた、上沢らしさだった。
試合後はいつもと同じく、ウエートトレーニングに励んだ背番号10。小久保裕紀監督も「去年の7月以降くらいから、今の姿になりましたね。今年のホークスの“本当の軸”として回ってもらう投手になりました」と最大級の賛辞を贈った。ホークスにとって、上沢直之はどれだけ必要なのか――。存在価値を証明するような、会心のピッチングだった。
(竹村岳 / Gaku Takemura)