2軍を離れ…石塚綜一郎が過ごした“濃密な1週間” 嶺井博希が空振りで気づいた変化「俺はわかったよ」

  • 記者:飯田航平
    2026.04.18
  • 2軍
石塚綜一郎【写真:竹村岳】
石塚綜一郎【写真:竹村岳】

どん底で見つけた「道筋」

 様々な迷いが、少しだけ晴れた一戦だった。17日にタマスタ筑後で行われたファーム・リーグのオリックス戦。“2軍再合流”となった石塚綜一郎捕手が、二塁打を含む3安打を記録した。苦しみ抜いた期間から、確かな一歩を踏み出したことを意味する結果にも、石塚の口から出たのは達成感ではなかった。「管轄は2軍だったんですけど、気持ちは4軍選手です」。

 その言葉は自嘲でも、開き直りではない、現状を正面から受け止めた“覚悟”がにじんでいた。10日からの大阪遠征には帯同せず、4軍選手たちと汗を流し、打撃だけに向き合う時間を過ごしていた。17日の試合前まで、12試合に出場して27打数6安打、打率.222。焦りを抱えながら打席に立ち、試合が終われば答えが出ないままひたすらバットを振り続ける日々だった。

「試合をやりながらだと、どうしても結果を求めてしまう。修正するのは難しかった」。そう語る石塚に対して、首脳陣とスタッフは試合から一度離す決断を下した。3安打の裏には、“再調整”という言葉では片づけられない、濃密な1週間があった。

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続きの内容は

・嶺井が空振りで確信した、石塚に生じた「打撃の変化」とは
・1軍昇格へ動作解析でメスを入れた「打撃特化メニュー」
・猛打賞でも「全てマイナス」石塚が痛感した1軍の絶対条件

振り返った自身の状態

「道筋が見えた、という感覚です。以前は結果が出なかった原因が何かもわからず、本当に訳がわからない状態だったので。どうしたらいいかもわからないまま、とりあえず練習するしかないという感じでした……」

 直球を待っているのに、その直球を捉えられない。フォームのどこが狂っているのかも見えない。泥沼にハマる前に1度試合から離れ、仕切り直す時間が必要だった。守備や走塁の練習を一切断ち、打撃のみに捧げた1週間。そこで支えになったのが、専門スタッフの存在だ。

 動画解析を担当するR&D(Research and Development)部門が課題を洗い出し、S&C(ストレングス&コンディショニング)は石塚が従来行ってきた“追い込み型”ではなく、初動やスピードに特化したトレーニングメニューを提示した。「また一から、という感じです」。背番号55が語る通り、積み上げたものを一度ほどいて再構築する作業に没頭した。

 練習内容も徹底していた。ティー打撃、正面ティー、マシン打撃、そしてトレーニング。屋外でのフリー打撃は期間中にわずか1回のみ。大半を室内練習場で過ごした。「ずっとゴロアウトばかりだったので」。課題克服のドリルと向き合い、試合がある日には到底できない量と密度で練習を繰り返した。スイングを矯正するための“打撃特化期間”だった。

「4軍選手になりました。でも、ある意味それでいいんじゃないですか。『4軍から怪物が生まれてやる』と思いながらやっていました」。選んだ言葉は決して強がりではない。自身を奮い立たせるための“宣言”だった。

 迎えた17日。「試合の結果に関しては、どうでもいいと思っていました」。石塚が求めたのは、作り上げたスイングの形を試合で出せるかどうかの一点のみ。そんな24歳の変化を、鋭く見抜いた男がいた。嶺井博希捕手だ。

 1打席目の初球、変化球を空振りしたシーン。「自分でもいい空振りができたと思いました。そうしたら、嶺井さんから『あの空振りで、石塚の調子は戻ったなと思った。俺はわかったよ』って言われたんです」。ベテラン捕手は石塚のスイングの質が変わったことを、数字になる前から見通していた。

それでも満足しない理由

 3安打をマークした一方で、この日最も悔やんだのは、走塁ミスだった。二塁走者だった石塚は、自身の左側に飛んだゴロでスタートを切ったが、三塁タッチアウトになった。「あれを1軍でやっていたら、僕に打席はありません。二塁打を打ったとしても代走を出されて、その後の打席はもらえない。きょうはそこで全てがマイナスです」。

 打撃の調子が戻ったとしても、それだけでは1軍で生き残れない。その現実を誰よりも理解しているからこその自己評価だった。「絶対に満足はしないですよ。したら終わりです」。やってきたことが成果になっても、浮かれることはない。結果が出たからこそ見つかった課題もある。だが、スイングに迷いはもうない。4軍で積み上げた濃密な時間が石塚を変貌させる。

(飯田航平 / Kohei Iida)

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