昨年10月に受けた構想外通告…監督室に呼ばれて交わした言葉
3月19日、タマスタ筑後の室内練習場。「元気か?」。右肘痛からの復帰を目指し、リハビリに取り組んでいた川口冬弥投手は、斉藤和巳2軍監督からふいに声をかけられた。選手と指揮官という関係性。反射的に返した言葉は「元気です」の一言だった。かつてはホークスの絶対的エースとして君臨し、現役晩年は壮絶なリハビリを経験した指揮官に、その“嘘”はすぐに見破られた。
「今の返事は、ちょっと違うな。間(ま)があったぞ」
練習場で交わした会話は20分ほど。しかし、その熱い言葉は川口の心を溶かしていった。昨秋に発症した腰痛がようやく癒えてきた矢先、3月には右肘痛が再発した。何をやってもうまくいかない――。そんな思いを抱いていた右腕に寄り添うよう、指揮官は言葉をかけた。「俺はリハビリの先輩やからな」。プロ野球界の大先輩からもらった数々の“金言”を忘れないように、無我夢中でスマートフォンのメモ機能に一言一言を残した。
「ドン引きされたらどうしよう」。迷いを抱きつつも、スマートフォンに触れた指を止めることはできなかった。斉藤監督に対して送ったのは“長文”の感謝の言葉。指揮官から返ってきたのは、想像を超えるほどの熱量が込められた「答え」だった。
昨シーズンがルーキーイヤーだった川口。3軍を指揮していた斉藤監督と長い時間を過ごすことはなかった。それでも、自分のことを気にかけてくれていたことは伝わっていた。「『最近、足の上げ方を変えたんか?』と言ってもらったことがあって。『え、なんで見てくれているの!?』と思っていました」。
2人の関係性がより強固になったのは、昨年10月のことだった。右腕が構想外通告を受けると、指揮官からタマスタ筑後の監督室に呼び出された。川口が明かしたのは、キャリアのどん底から救ってもらった、大きな“愛”だった――。
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続きの内容は
「間(ま)があったぞ」タマスタ筑後で見抜かれた“嘘”と本音
昨年10月の構想外通告の後。監督室で授かった大きな愛
“倍以上”の長文だった返事。締め括られた言葉「大好きな野球を」
「お前がどんな道を選んでも応援するよ」
「びっくりしましたし、何を言われるのかなと思っていました。自分と話す時は監督というよりも、野球の先輩としてのスタンスで話してくれるので。『ここからどうするんや』と聞かれて、自分もその時に思っていたことを正直に話しました」
球団から打診された育成での再契約。右腕はどうすればいいか迷っていた。ホークス以外で野球人生を送ることも含め、選択肢を広げて考えていたのも事実だ。斉藤監督の言葉はシンプルながら、胸を揺さぶられるものだった。「もちろん、もう1回ここ(ホークス)でやってほしい思いはある。でも人として、お前がどんな道を選んでも応援するよ」。自身の背中を強く押してくれた言葉は、今も耳の奥に残っている。3桁の背番号から再出発し、ホークスで再び支配下登録を目指す。そう決意した瞬間でもあった。
4月15日、球団から「右肘内側側副靭帯再建術および、関節クリーニング術」を受けたことが発表された。マウンドに立つまでの期間は、およそ1年以上。長い道のりを歩むことになった右腕は、斉藤監督の言葉をどのように受け止めたのか。
「プロとしての価値は、野球をしている姿を見せること。そう思っていたんですけど、リハビリ期間ではこれまで積み上げてきたものが何度も崩れました。落ち込むことも多かったと、(斉藤監督へ)正直に伝えたんです。そうしたら『リハビリは今からでも辞められるし、その選択はいつでもできる。でも育成で再契約した時、このチームでやるって決めたんやろ? だったら自分のためにも、しっかりやろうな』と話してもらいました」
ひたすら残したメモ…長文の感謝は“倍以上”に
アマチュア時代はプロ野球にも疎かった川口だが、斉藤監督が綴った過去のブログまで遡るなど、指揮官が歩んできた道を調べた。2度の沢村賞という栄誉に輝いた一方、現役晩年のほとんどをリハビリ生活に費やしたことを知った。「監督が言っていました。『俺は復帰できなかったけど、もう1回マウンドに立つという決断に後悔はしていない』と。野球人生が終わった後の大きな財産になる、と」。投げられないことは、何よりも辛い。その言葉の重みを痛感したからこそ、指揮官の言葉が胸に刻まれた。
「決断を下すまで川口がたくさん考えたなら、それは誰が何を言おうと正解やから」――。
川口にとって忘れることのできない1日となった「2026.3.19」。斉藤監督との対話を終えた後、若鷹寮の自室に戻ると、20分のやり取りをひたすらメモ機能に残した。「監督自身も現役生活の3分の2はリハビリで、辛く元気の出ない日々だったが、『やると決めた自分を諦めたくない』という思いで続けてきた」。
指揮官からもらった数々の言葉が、これから自身が歩んでいく道のりを明るく照らす――。ありったけの感謝を伝えるために、またスマートフォンを手に取った。「自分でも『長文になりすぎたかな。ドン引きされたらどうしよう』と思いました」。選手と監督という関係性に若干の遠慮を抱いていたが、杞憂に終わった。「俺のことはリハビリの先輩やと思って、いつでも話しかけてくれ」――。
前を向くしかないことは、誰よりも川口自身が理解している。斉藤監督から届いた返事は、こんな言葉で締めくくられていた。「いつか野球人生は終わる。大好きな野球を大好きなまま終わってほしいと、心から思う」。支配下登録を掴み取り、また1軍のマウンドに立つ。支えてくれる人たちのために、川口冬弥は絶対に諦めない。
(竹村岳 / Gaku Takemura)