藤井皓哉から手術5日前に“電話” 杉山一樹に垣間見えた葛藤…「僕が一番ショック」

笑顔を見せる藤井皓哉(左)と杉山一樹【写真:小池義弘】
笑顔を見せる藤井皓哉(左)と杉山一樹【写真:小池義弘】

2025年のブルペンを支え続けた“藤松杉”コンビ

 1年間ブルペンを支え続けた“盟友”のアクシデントに、思わず本音が漏れた。「僕が一番ショックですね」。2月25日に右肘内側側副靭帯再建術(通称トミー・ジョン手術)および関節クリーニング術を受け、実戦復帰まで1年間かかる見込みであることが発表された藤井皓哉投手。その離脱を誰よりも悲しんだのが、杉山一樹投手だった。

 5年ぶりの日本一に輝いた2025年、チームの“最大の武器”となったのが「リリーフ3本柱」だった。1996年生まれの藤井、松本裕樹投手より1学年下の杉山にとって、藤井の存在は単なるチームメート以上のものだった。

「僕自身、又吉(克樹)さん、藤井さん、松本さんにいろいろと教えてもらってきたので。特に藤井さんはこの2年間、僕がブルペンで頼りにしてきた存在でした。本当にショックでしたね」。絶対的な信頼を寄せていた先輩の“今季絶望”の報に、杉山がありのままの思いを明かした。

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続きの内容は

杉山が藤井に打ち明けた「悩み」とは
手術の5日前、盟友と交わした「リアルな会話」
藤井の離脱で生まれた杉山の「新たな葛藤」

「僕にとって藤井さんは本当に特別な存在ですね」

 退路を断ち、リリーフ1本で勝負した2024年。杉山は藁をもすがる思いで藤井に全てをさらけ出した。「元々、選手としてのタイプが似ていることもありましたし、配球に困ったときには相談させてもらいましたね。グラウンドの外でもご飯に連れて行ってもらったりしていたので」。基本的に真っすぐとフォークで勝負する右腕2人には、特別な時間が流れていた。

藤井から聞かされていた不安「ずっと肘が痛いと…」

 手術の連絡を受けたのは、藤井が宮崎のキャンプ地から福岡に戻った前日の20日だった。「ずっと『肘が痛い』と言っていたので。僕は『早く帰ってきてください』と伝えました」。今キャンプはリハビリ組でスタートした藤井。杉山には「宮崎に行く時にはちゃんと投げられるときだから」と伝えていたという。

「トミー・ジョンじゃなければ9月くらいには戻れるかもっていう話はしていたんですけど……」。杉山自身も藤井の年内復帰を願っていたが、結果的には“今季絶望”という形となった。思わぬ事態に明かしたのは、偽らざる本音だった。

「僕自身、やることは変わらないですけど。一番お世話になっているので、もちろん藤井さんがいない分……ってなりますけど。その分、誰かが出てこないといけないので。それでも藤井さんには早く帰ってきてもらいたいです」

 杉山1人の力で藤井の離脱をカバーできるわけはない。投手陣を引っ張っていく立場になったからこそ、ただ悲しんでいるわけにはいかない。自らが背中を見せることによって、下の世代が育っていくことも考えていかなければならない。杉山の“葛藤”が覗いた瞬間だった。

 倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)も藤井の不在について「それは当然めちゃくちゃ痛いです。でも藤井の人生を考えると、しっかりと治して少しでも長く野球をやってほしいなと思うので。他の選手が出てくるのを期待していますし、選手もこれをチャンスだと思って頑張ってほしいです」と口にした。これまで支えてくれた先輩の無念を晴らすべく、杉山一樹はただ腕を振る。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)