牧原大の左手にはめられた“おさがり”
背番号「8」を受け継いで3年――。2025年シーズン、牧原大成内野手がパ・リーグの二塁手としてゴールデングラブ賞とベストナイン、そして育成出身初となる首位打者のタイトルを獲得した。「ずっと積み重ねてきたことを信じて、常に準備を怠らなかった。その結果だと思います」。そう語ったのは、明石健志R&Dグループスキルコーチ(打撃)だった。
明石コーチといえばホークスでユーティリティプレーヤーの“元祖”と言える存在だ。多様な役割をこなし、チームを支えた一方で、「色々な所を守るのは出場数を増やすきっかけの1つ」とも言い続けてきた。牧原大もかつては“ジョーカー”と呼ばれ、内・外野問わず多くのポジションを守ってきた。昨季の終盤には外野での起用もあったが、二塁で104試合に出場。1つのポジションを主戦場としてつかみ取った初の栄冠だった。
現役時代に明石コーチが背負った背番号「36」、そして「8」を継承し、タイトルを獲得するまでに駆け上がった33歳。「ああいう選手の感覚は今の選手には必要だと思います」。明石コーチが口にしたのは、若鷹たちにも見てほしい“姿”だった。そして、シーズン終了後に牧原大へかけた祝福の言葉を明かした――。
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続きの内容は
育成時代に牧原大が直面した「最初の壁」とは
四球わずか7で首位打者を取れた「真の理由」
ジョーカー時代に見えた「怒りのエネルギー」
「『おめでとう。でも、そのグラブは俺のやけどな』って言いました(笑)」
昨シーズン、練習時や試合に臨む牧原大の手には、かつて明石コーチから譲り受けたグラブがはめられていた。「でも、おめでとうっていう言葉じゃ軽いなと思うんです。育成の頃から知っていますから。おめでとうというより、『本当によく頑張って、ここまで辿り着いたよね』というのが率直な思いですね」。後輩の血がにじむような努力を間近で見てきた。簡単な道のりではなかったことを知っているからこその言葉だった。
牧原大の歩んできた道は、決して順風満帆ではなかった。2年目に支配下登録を勝ち取ったものの、1軍の壁に跳ね返される日々が続いた。苦しみながらも必死に食らいつく姿を見守ってきた明石コーチは、こう証言する。「最初は真っすぐが全くバットに当たらなかったんですけど、なぜ当たらないのかを自分で分析して。バットの出し方を変えたりと試行錯誤しながら、自らの力で道を切り開いていったので」。
牧原大が貫いた姿勢「今、選択できる選手がいない」
牧原大が自らのスタイルを貫き通した末に掴んだタイトルだった。443打席のうち、四球はわずかに7つ。首位打者争いという視点で一般的には不利とされる“超積極打法”でリーディングヒッターを獲得するという、現代野球の概念を変える結果を残した。明石コーチはその凄みを解説する。
「それで3割を打つ。常識を覆されました。セカンドゴロになるようなタイミングで、真っ直ぐを打ちにいくから捉えられる。球数を投げさせられないといったマイナス面もありますし、フォークだって振ってしまう。でも、あれを見逃そうとしていたら多分ダメだったと思う。それが彼のスタイル。あのままでいいと思うんです」
牧原大自身も「フォアボール7つで首位打者ってありえないでしょう」と自嘲気味に話すこともあった。結果が出なければ「早打ち」との批判にもさらされる“諸刃の剣”だが、明石コーチはあくまで後輩の姿勢に太鼓判を押す。
「子供のころに野球を始めてから終わるまで、全部が自分の野球人生なので。自分で全てを選択していかないと。今、選択できる選手がいないと思うんです。若い選手たちはどうやって野球をやっていくのか、どうやって生きていきたいのかが見えない。マッキーは昔から『こうやっていく』というのが見えていました。野球に関してすごく考えていると思います」
2026年シーズンも「ギラギラ感があるうちは大丈夫」
牧原大が8年目の2018年、初めて1軍で200打席以上に立って打率.317を記録した。持ち前の守備面でも、チーム事情に合わせて内外野を守るユーティリティプレーヤーとして重宝された。「本心では守りたくない時もあったと思うんです。でも僕は、そういう“怒り”みたいなものもエネルギーに変わると思っているので。あのくらいのギラギラした気持ちがないとできないと思います」。常に1軍で試合に出るために、自らの役割を全うした。
「そのために、彼は誰よりも早く球場に来て準備をしている。やるべきことをやっても、結果がどうなるかは分からない。紙一重の世界で生きているわけですから」。自分が信じた道を貫き、毎日欠かさずに準備を重ねてきた。
「ああいう選手の感覚っていうのが今の選手には必要だと思うんですよ。本気で1軍の枠に入るって考えたら『打撃の練習だけでいいの?』って。ほとんどの選手が守備や走塁から(試合に)入って、1打席が回ってくる。マッキーもああいう経験をしてきたからこそ成長できたと思いますし、1軍で見られているという自覚や意識も生まれてきたんじゃないですかね」
タイトルホルダーとなり、今やチームの顔となった。「2026年が一番大事。ここで(打率)2割台前半に落ちたら『何しとんねん』となりますから。でも、彼にはまだ“ギラギラ感”があるので大丈夫だと思います」。先輩からのエールは、厳しくも温かかった。「おめでとうじゃ軽すぎる」――。その言葉には、ユーティリティの難しさを誰よりも知る先輩として最大限の敬意が込められていた。
(森大樹 / Daiki Mori)2026.01.10