育成ドラ6・長崎を変えた指揮官の言葉
2025年ドラフトでホークスは支配下選手5人、育成選手8人を指名しました。鷹フルではチームの未来を担うルーキーズを紹介します。第6回は187センチの長身右腕、育成6位の長崎蓮汰投手。小1から野球を始め、滋賀学園高時代には2度甲子園に出場しました。成長の裏には、甲子園のベンチから見た「悔しい景色」がありました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
旋風を起こした夏だった――。滋賀学園は2024年の「第106回全国高校野球選手権大会」で初のベスト8まで勝ち進んだ。全力応援ダンスもSNSで大きな注目を集め、メディアでは大きく取り上げられた。しかし、当時2年だった長崎は登録された4人の投手陣で唯一、予選から甲子園まで登板が無かった。
「すごく悔しくて、本当に複雑な思いでした」。もう1人の同学年・土田悠貴投手が活躍している中、ベンチから試合を見つめた。悔しさを噛み締めた夏が終わり、新チームになった直後に転機となった指揮官からの言葉があった。
会員になると続きをご覧いただけます
続きの内容は
【続きを読むと分かる3つのこと】
監督が指摘した「決定的な弱点」とは?
なぜ彼は直球に全てを賭けたのか?
母に誓う「恩返し」と憧れの鷹戦士
「新チーム結成直後にたまたま記事で見たんですけど、監督が『長崎は変化球でストライクを取れない』っていうことが書いてあって。自分の中で解決したというか。足りないものはこれなんだなっていうのが分かってから、意識が変わりました」
そこから秋大会ギリギリまで捕手と会話しながら、「変化球でストライクを取れるように」との意識を持って練習に取り組んだ。そして、新チームでは背番号「1」を手渡された。「『エース番号はないかな』と自分の中で思っていた中だったので。選んでもらって嬉しかったんですけど、責任も重くなりました。やっぱり夏にすごい結果を残していたので」。プレッシャーも感じる中で最後の1年を迎えた。
秋の大会では“大金星”を挙げた。近畿大会1回戦で全国の強豪・大阪桐蔭を相手に2失点完投勝利。プロスカウトにも名が轟いた。「あの試合ですごく注目してもらったのはあったんですけど、本当にプレッシャーなく入れたのが良かったのかなって思っています」。その勢いで近畿ベスト4に入り、3年春のセンバツ出場を決めた。
母のためにも「1年目から記憶に残るような活躍」
待ち望んだ甲子園のマウンドだったが、初戦で浦和実高に0-3で敗れた。「マウンドに立った時の記憶も残っているんですけど、初戦で負けてしまって。試合時間的にもすぐ終わってしまったので」。嬉しさを覚えた半面、悔しい記憶として右腕の胸には刻まれていた。
そして、春の反省を生かして最後の夏に挑んだ。「逆に変化球に頼りすぎていた部分があったので。直球を磨きました」。同時期から滋賀県内では無双状態が続いていた。「春から夏の県大会決勝まで1点も取られなかったんです」。県内公式戦24連勝中だった中、決勝で綾羽に3-6で敗れて長崎の夏は終わった。それでも急成長の1年だった。
ドラフト当日は母・香澄さんと自宅で見届けた。小さいころから母子家庭で育ち、母には感謝の言葉を口にした。「中学の時も普段から仕事がある中で、チームの手伝いとかもしてくれたので。苦労をたくさんかけたなって。大変そうだなって思うことばかりでした」。反抗期に近い時期もあったが「ほとんど自分が悪いと分かっていたので……」。苦労をかけまいと、自らを戒めることで乗り越えてきた。
指名が進み、「ああ、もう(指名)ないかな……」と思った中で、ホークスから6位指名を受けた。母と共に驚きで声が出なかったという右腕。母からは「ここから大変だと思うけど頑張れ」と声をかけられた。長崎自身も「プロになりたいと思い始めた頃から、母に恩返しもしたいなという気持ちも強くありました」と振り返る。
憧れはホークスからメジャー移籍したメッツ・千賀滉大投手。「育成からメジャーで活躍されている偉大な選手ですし、そこを目指したい。1年目から記憶に残るような活躍がしたいです」。母のためにも――。目標の支配下を勝ち取ってみせる。
(森大樹 / Daiki Mori)