
指揮官から春季キャンプ中に伝えられたのは代打専念
ホークスは5年ぶりに日本一に輝きました。今季プロ18年目を迎えた中村晃外野手はコンディションが整わず、日本シリーズでの出番はありませんでしたが、リーグ連覇の立役者と呼ぶにふさわしい活躍を見せてくれました。そんなベテランが明かしたのは、小久保裕紀監督から「グラブを置いていい」と言われた際の“舞台裏”です。指揮官から告げられた代打専念。実は“一方的”ではなかったという、2人だけのやり取りに迫りました。
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監督室に向かう胸中は、清々しかった。うすうす抱いていた思い。中村にとって、決意を固めた瞬間でもあった。今年2月の春季キャンプ。指揮官から呼び出されると、告げられたのは代打に専念してほしいという「明確な方針」だった。
2025年シーズンは主力野手の離脱が相次ぎ、結果的には116試合に出場。代打での出番はわずか13打席だったが、4安打5打点と起用に応えてみせた。「充実していたし、いろんなことを経験させてもらったシーズンでした」と、激闘の1年間を振り返った。いつもは寡黙な中村が、頬を緩ませて喜んだ小久保監督の言葉がある。「準備してきて、本当によかったです」――。
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続きの内容は
・小久保監督が明かす、中村晃を名指しした理由
・中村晃が語る「グラブを置く」決断の真実
・監督が中村晃に授けた“人としての教え”
リーグ優勝を決めたビールかけ…小久保監督の“褒め言葉”
9月27日、リーグ優勝を決めたホークスナインはベルーナドームから宿舎に移動した。ビールかけが始まる直前、小久保監督は選手の前で心からの“褒め言葉”を授けた。
「今年ほどプラン通りにいかないシーズンも珍しい。中村晃に『グラブは置いていいぞ。代打の切り札を目指せ』と言って、開幕4試合目にスタメンで使うなんてね。こういうイレギュラーな時に結果を出せるのは、ホークスの伝統である普段からの準備の賜物。チャンスをもらってすぐに結果を出せるのは、それまでどんな状況でも腐らずに自分のやるべき準備をし続けたから。それがイレギュラーな時に出場した時に選手が結果を出した要因だったと思います」
日本ハムとのデッドヒートを制し、連覇を成し遂げた歓喜の瞬間。中村の名前を挙げた理由を、指揮官はこう語る。「想定していたプランが変わって、グラブを置いていいと言ったところから全てが変わった。朝令暮改だったと思うし、4試合目にはスタメンを託していたわけですからね」。思い描いていたプランを変えざるを得なかった“非常事態”。小久保監督にとって、背番号7の存在に救われたシーズンだった。「あいつがいたから優勝できた。間違いないです」。その言葉は心からの本音だ。
代打専念は“一方的”ではない…中村晃だけが知る舞台裏
「グラブを置いていい」
小久保監督が中村に代打専念を告げた時の言葉だ。今年2月の春季キャンプ中、背番号7を監督室に呼び出した。指揮官の力強いワードが独り歩きしたが、中村は自らの口で舞台裏を打ち明けた。「2人で話して決めました。一方的な感じではないです」。グラブを置くという選択肢は、自身で考えていたことでもあった。
「その前から、代打をやるなら代打一本でいきたいっていう考えがあったんです。スタメンは一切なしにして、そういう環境でやってみた方がいい結果が出るのかなと思っていたので。2月にちょうど(小久保監督と)話すことになったので、いい機会だと思って僕からもそういうふうに伝えた感じですね。お互いが考えていることを話し合って、決断しました」
2024年、山川穂高内野手が加入した影響で「一振り稼業」が主戦場となった。代打では59打数12安打の打率.203。グラブを置いて、バッターボックスだけを“仕事場”にする。「それは自分でも、オフ中からずっと思っていたことでした」。自分がチームに貢献できるのは何か。そして、代打に全てをかけてみたい――。小久保監督の考えを誰よりも深く理解していた。
プロ1年目の自主トレ…小久保監督から叩き込まれたこと
プロ1年目を終えた2008年のオフ。当時現役だった小久保監督から声をかけられて、米・アリゾナ州で自主トレをともにした。当時はまだ19歳。叩き込まれたのは“人としてどう生きるか”という根本的なことばかりだった。「グラスが空いたら飲み物を聞いたり、エレベーターのボタンは自分が押したり……。トレーニングはもちろんですけど、そういうことが記憶に残っていますね」。プロ3年目までが「一番しんどかった」という自身のキャリア。基礎を作り上げてくれたのは、小久保裕紀という男だった。
17年の時が経ち、監督と選手という立場になった。今季は開幕から主力選手が次々と離脱。春先には最大で借金7を背負った。かつてないほどの苦境の中、絶対に優勝したかったのは“小久保ホークス”だからだ。35歳のベテランは「状況が良くない時期もありましたけど、こういう時に覆せるのが勝ち続けられるチーム。今年優勝できたのは、来年以降につながるんじゃないかなと思います」と静かに語る。個人成績はもちろん、チームが出した結果を心から喜んでいた。
たくさんの大切なことに気付くことができた。もう1度、自分自身の存在価値を証明した2025年。「自分の中でも嬉しかったですし、いいシーズンだったかなと思います」。ファンから愛される強いホークスであり続けたい。小久保監督と中村晃、2人の男に共通する思いだ。
(竹村岳 / Gaku Takemura)