試合前に伝えた「振り絞る姿、見届けてもらえれば」 川瀬晃が口にしていた“偽らざる本音”

ガッツポーズを決め雄叫びをあげる川瀬晃【写真;加治屋友輝】
ガッツポーズを決め雄叫びをあげる川瀬晃【写真;加治屋友輝】

ファンへの感謝「応援は自分を奮い立たせてくれる」

 勝利の女神を、野球の神様を、またしてもこの男が振り向かせた。スタンドから巻き起こる「YAH YAH YAH」の大合唱。2死満塁の絶好機で打席に立ち、チームを日本シリーズ進出に導いたのは、今季幾度となくチームを救ってきた川瀬晃内野手だった。

 2-1で勝利した20日のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第6戦。同点の5回、先頭の山川穂高内野手が四球で出塁すると、2死となってから牧原大成内野手と周東佑京内野手が連打で続いて塁が埋まった。「本当にいい意味でプレッシャーをかけてもらって、打席に入っています。応援っていうのは自分を奮い立たせてくれるものなので」。川瀬ならなんとかしてくれる――。期待に満ちあふれたファンの歓声に背中を押された。

 初球はフォークを見送ってボール。2球目は真っ直ぐを見逃し、1ボール1ストライクになった。運命の3球目。「狙うとかは正直なくて、本当によく反応できたと思います」。達のフォークを捉えた打球は右翼前に弾み、結果的に試合を決める決勝打となった。本拠地にこだまする大歓声の中で、一塁ベース上でド派手なガッツポーズを決めた28歳は雄叫びをあげた。

 極限まで集中し、無我夢中だった。「1打席目にチャンスで凡退してしまっていたので。自分が打ったというよりは、ファンの方々のすごい声援のおかげで打たせてもらった。(ガッツポーズは)本当に覚えていないんです。僕の力だけじゃ打てなかったのは間違いないです」。チームメート、首脳陣、スタッフ、そしてファン……。ホークスに関わる全ての人の思いを乗せた一打には、表には出さずに抱えていた悔しさと、試合前に明かしていた“決意”が込められていた。
 

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続きの内容は

・スタメンを外れた川瀬が語っていた「偽らざる本音」とは
・試合直前、決意と共に伝えた「見届けてもらえれば」
・決戦前夜。決勝打に繋がった「あの瞬間の映像」

 2年連続で果たしたリーグ優勝に川瀬の存在は不可欠だった。小久保裕紀監督が今年のMVPに挙げたように、借金7の単独最下位で迎えた5月2日のロッテ戦(みずほPayPay)で放った起死回生のサヨナラ打をはじめ、今季のホークスの節目には背番号0が中心にいた。

 だが、クライマックスシリーズが始まると、怪我で離脱していた今宮健太内野手が復帰。初戦、第2戦とスタメンを先輩に譲った。悔しくないはずがない。ただ、そんな個人の感情は押し殺した。守備のイニングが終わるたびに、ベンチを飛び出して仲間を鼓舞し続ける姿があった。それが川瀬という選手の矜持だった。

「スタメンじゃなかったから今日はいいや、とかはない」

「もちろん試合に出たいですし、そういう気持ちを捨てたら1人の選手としてダメだと思う。その悔しさっていうのは出た時に晴らす、見せるしかない。でも、それはそれで自分の仕事、出るところで結果を出すのがプロだと思う。ベンチにいるときはそれ(声を出すこと)しかできない。出ていない人の方が冷静に外から見ているので、周りを見て声を出していかないと。スタメンじゃなかったから今日はいいや、とかそういうのはない。切り替えというか、そこはそこで別。分けて考えています」

 3連敗を喫して“逆王手”をかけられた前日の夜。自宅に戻ると、ある映像を凝視していた。「1つやったのは、チームがうまくいってる時の映像とか、自分が打った試合とかを見て、悪い、嫌なイメージを消しました。こうなればいいなとか、この時こういう気持ちだったなとかいうのを振り返りながら夜は過ごしました」。何度も繰り返したのは、逆転優勝の足がかりとなった5月2日の試合。自分の中でポジティブなイメージを膨らませて眠りについた。

 迎えた最終決戦。渇望していた出番が巡ってきた。

 スタメン出場を知らされたのは、球場を訪れた直後だった。コーチミーティングを終えた奈良原浩ヘッドコーチから「2番・遊撃」を告げられると、プレッシャー以上に湧き上がる感情があった。

「気持ちとしては『もうやるしかない』『絶対にやってやる』って。緊張とかそういうのより、本当にワクワクした気持ちの方が強いです。なにがなんでも勝つ、それだけ。今日負けたら明日がないわけで、もう振り絞っていきます」。試合前の練習を終えた直後。決意に満ちた表情でこう語り、最後にこう言葉を添えた。

「振り絞る姿、見届けてもらえれば」

小久保監督も絶賛「代えの効かないスーパーサブ以上」

 勝ち越した直後の6回には中前へ抜けようかという郡司のゴロを滑り込みながら掴み取り、すぐさま一塁へ。見事なファインプレーで先発のリバン・モイネロ投手を盛り立てた。

 攻守における見事な働き。小久保監督が「怪我人が多い中で、色々な役割で1軍に居続けた。そういう選手が最後にいい場面で打った。それこそ5月2日のサヨナラヒットもありましたけど、本当に節目節目でいい活躍が目立った、そういうシーズンだったんじゃないですかね。もうホークスになくてはならない存在。代えの効かないスーパーサブ以上です」と絶賛するのも、無理はなかった。

 常に準備を怠らず、その時に与えられた役割を全力でこなす。そんなプロフェッショナル精神を持つ川瀬だからこそ、そっぽを向きかけていた勝利の女神を振り向かせることができた。

「去年(の日本シリーズ)は最初に2勝して、日本一を取り逃がしているので、監督もミーティングで常に『今年は絶対に取らないといけない』って強く言ってるので。守備固めでも代打でも、もちろんスタメンでも。出るところで結果にこだわっていく。もともと、それが自分の長所。そこで信頼を勝ち取るのも1人の選手として大事なことだと思っているから」

 2025年、最後に残された大きな“ヤマ”。去年の忘れ物を手にするために、川瀬晃の力が欠かせない。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)