指揮官が伝えた「危機感を持て」
3年目を迎えたイヒネ・イツア内野手が急成長を遂げている。7月30日にみずほPayPayドームで行われたくふうハヤテ戦では、今季自身初の1試合3安打を記録し、「うれしかったです」と笑顔を見せた。松山秀明2軍監督も「プレーに重みが出てきました」と、確かな変化に目を細めた。
シーズン序盤は苦しい時間が続いていた。ファームでは打率1割台に低迷し、守備でのエラーも多かった。そんな状況を打破する転機が訪れたのは、5月27日のこと。3年目にして自身初の1軍昇格だった。この時、小久保裕紀監督は昇格の理由について「本来なら1軍に上げられる選手じゃない。彼に刺激を与えるというのがひとつです。危機感を持った方がいい」と、あえて厳しい言葉を選んだ。
1軍での出場は代走の1度きりのみ。だが、わずか5日間の経験は想像以上の効果をもたらした。ファームに再合流すると、7月は11試合連続安打を記録するなど、打率.338をマーク。周囲をさらに驚かせたのは、技術以前の「意識」の変化だ。村松有人2軍打撃コーチが「練習を本当に自分からやるようになった」と語れば、高田知季2軍内野守備走塁コーチも「守備の意識が明らかに変わった」と断言する。
首脳陣が口を揃えて語る劇的な変化。わずか5日間の“1軍体験”でイヒネは何を見て、何を感じたのか。そこには、球界を代表する選手との出会いと、20歳の心を変えた“現実”と“助言”があった。
近藤健介が見せた“リアル”と授けた“金言”
「もし1軍に行っていなかった自分を想像すると、怖いです」
そう語るイヒネが、自身の変化の理由として挙げたのは2つの出来事だ。1つは、1軍で目の当たりにした「現実」だ。
「近藤(健介外野手)さんでも、あれだけの練習を当たり前にやっている。その量を知れたことが、一番の収穫でした」。球界トップレベルの打者である近藤ですら、膨大な練習量を当然のようにこなしていた。その姿が20歳の目に焼き付いた。トップの“基準”を肌で感じたことで、練習に取り組む姿勢は一変した。
もう1つは、その近藤から直接受けたアドバイスだった。5月末、リハビリ中の近藤と練習を共にする機会に恵まれた際、積極的に質問を重ねた。「練習後にいろいろと質問させてもらいました。同じ打撃練習の組だったので、『こういうのもいいんじゃない?』といった感じで」。
そこで得たのは、「ピッチャーが投げたボールからキャッチャーが捕るまでのラインにバットを出す」という具体的なイメージだった。「まだ完璧にはできていませんが、今はそれを頭に入れてから打席に向かうようにしています」と手応えをつかみ始めている。技術的な助言と、目の当たりにした現実。この2つが大きな転機となった。
指揮官絶賛…猛打賞は「まぐれではない」
首脳陣が指摘する“意識の変化”は、試合中にも表れている。以前よりも明らかに投手への声掛けが増えた。高田コーチは「彼なりに周りが見えるようになってきた証拠。本当に成長を感じますね」と、嬉しそうに期待を寄せる。
3号2ランを含む、3安打をマークした30日の試合後、松山2軍監督はイヒネについてこう総括した。「メンタル面も技術面もすべて“マッチング”してきた。積み重ねてきたものが今の結果につながっている。まぐれではないです」。
かつては「自分の実力って、こんなものか……」と肩を落としたこともあった。しかし今、その姿に迷いはない。「これからもコツコツ積み上げていきたいです」。周囲も計り知れないポテンシャルを開花させるのも自分次第。前向きに語るイヒネの表情は、1軍を知る前とは別人のようだった。
(森大樹 / Daiki Mori)