「アウトなら反省する」…責任を背負う三塁コーチの覚悟
誰よりも喜びを爆発させていたのは、選手ではなかった。2日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)で劇的なサヨナラ勝ちを収め、3連勝を飾ったホークス。歓喜に沸く選手たちの輪から少し離れた場所で、まるで我がことのように飛び跳ねながらハイタッチを交わす2人のコーチがいた。三塁ベースコーチを務める大西崇之外野守備走塁兼作戦コーチと、一塁ベースコーチの本多雄一内野守備走塁兼作戦コーチだ。
グラウンドの主役たちとは別の場所で分かち合った喜びには、ランナーコーチという仕事の矜持と絆が詰まっていた。「嬉しかったですよ。もう嬉しくて真っ先に行っちゃいましたもん」。試合後、興奮気味に語った本多コーチ。1点を追う9回無死一、三塁。山川穂高内野手が放った左翼フェンス直撃の打球で一塁走者の緒方理貢外野手が激走し、頭からホームへと突っ込んだ。
一度はアウトと判定されたが、緒方がすぐさまリプレー検証をベンチへ要求。本多コーチは「セーフになってくれと願うばかりでした」と祈っていた。その願いが届いた瞬間、たまらず大西コーチのもとへ駆け寄った。なぜ、そこまで感情が昂ったのか。そこには劇的勝利の価値以上に込み上げるものがあったからだった。
「やったことある人しか分からん嬉しさ」
「あれはサードコーチをやったことある人にしか、わからん嬉しさですよ。自分が三塁コーチだったら、果たしてどうかな……。回したとは思うんですけど、やっぱりドキドキですよね」
本多コーチ自身も、腕を回す勇気と本塁でアウトになる恐怖が交錯する“コンマ数秒”の決断の難しさを知っている。だからこそ、大西コーチの判断が自分のことのように嬉しかった。
大西コーチ自身も、その判断を「本当に五分五分やった。俺自身も勝負に行こうっていう風に思っていたね。まあ結果、本当に良かったと思うわ」と振り返る。アウトの可能性も頭をよぎる中、GOサインを出せたのは、経験に裏打ちされた“感覚”があったからだ。
「醍醐味ではあるけど、もう自分の中に感覚が染み込んでいるから。だから、なんで回したのとか、止めたのっていうのは自分で分からへんのよね。いけるっていう判断かな。(緒方)理貢が帰る気持ち満々で来てくれたよね」
「見た時にはもう回していた」
その信頼に応えたのが、代走の切り札・緒方だ。「打った瞬間に抜けるとは思ってたんで、緩めることなく走りました。回る時に三塁コーチャーを見るっていうのは徹底事項で、見た時にはもう腕を回していたので。あとはいい勝負になるなと」。
視界に入った大西コーチの腕は、迷いなく回っていた。一度はアウトと判定されたが、緒方自身はすぐにリクエストを要求。「自分の感覚的にも頭にはタッチされてなかったので。手が入ってると思ってリクエストをしました」。冷静な分析力が、劇的な結末を呼び込んだ。
「そんなこと考えとったら回されへんからな。アウトになったらアウトになった時に反省するよ」。それが、全ての責任を背負う三塁コーチの覚悟だった。その覚悟を知るからこそ本多コーチも喜びを分かち合うことができた。
この劇的な勝利は、最高のプレゼントにもなった。この日は大西コーチの54歳の誕生日。「選手たちが最高の1日にしてくれた」と満面の笑みで感謝した。本多コーチとともに乗り込んだタクシー。「今日はもう飲んじゃうよ」。最高の祝杯をあげたに違いない。
(飯田航平 / Kohei Iida)