4か月半ぶりの投球に見せた笑顔…「サビは1軍マウンドで」
一歩ずつ着実に、本拠地のマウンドを目指す。ネット目掛けて投げるボールはまだまだ力強いとは言えないが、漏れ出す声にはまさに全力投球さながらの気合がこもっていた。3月21日に左肘のトミー・ジョン手術を受けた長谷川威展投手が、ネットスローを開始した。
「人類にとっては小さな一歩かもしれないんですけど、投手・長谷川威展にとっては、大きな一歩になったんじゃないかなって。そう思っています」
月面着陸を果たしたアームストロング船長の言葉になぞらえて、1球目の“意味”を長谷川らしく表現した。手術から3か月。ボールを投げられなかった日々は、野球人生で最長の4か月半にも及んだ。ようやくたどり着いたネットスロー。もどかしさを隠すことなく語ったのは、野球への飢えと、先輩への尊敬の念だった――。
「投げたいっていう気持ちしかないです。今もやれることは限られているので、なんともいえないんですけど」
野球から離れること自体が初めての経験だった。当たり前のようにボールを投げられることが、いかに尊いものだったかを噛みしめる。「もう味わいたくないですね……。やっぱり野球ができるって幸せだなって思いますよね」。
先輩投手への尊敬…「よく耐えたなって」
リハビリ管轄になってからは、同じ道を歩んでいた先輩たちが次々と“卒業”していく姿を見送ってきた。武田翔太投手や上茶谷大河投手らが、一足先にマウンドへ帰っていく。「羨ましいなという気持ちもありますけど」。本音を漏らしつつ、「何よりも『もうこっちに戻ってくんなよ』っていう気持ちですね。ただそれだけです」と続ける。その言葉は、同じ時間を過ごした仲間に対する最大級のエールであり、尊敬の念の表れだった。
「『戻ってくるなよ』もありますけど、尊敬もあります。1年以上も野球をやらないって相当なことですよ。メンタルがきつくて焦りもある中で、よく耐えたなって。1軍の試合を見ていても『うわー、投げてー』ってみんな思うはずなんですよ。そこで負けないで、自分のやることをやり続けた精神力は強いですよね。野球をやれる楽しさというか、幸せは他の人よりも絶対あると思うので」
はじめの一歩は「Bメロ」
リハビリという時間は、プロ野球選手にとって苦しい期間であることは言うまでもない。生活がかかっている中で、先の見えない戦いは過酷だ。それでも前を向き、復帰を果たしていく先輩たちの姿は、ネットスローというはじめの一歩を踏み出した長谷川にとって、ひときわ心に沁みるものがある。
「『ついに!』という感覚でした。僕の野球人生で言ったら“Bメロ”が始まったというか。先に進んだ感じがありますよね」。
復活への道のりを今度は歌になぞらえて続けた。
「Bメロの始まりってやっぱり大事じゃないですか。だからここからが、Bメロの始まりだなって。ここからどうやってサビに持っていくかです。1軍のマウンドに立って、初めてサビ手前です。立ち続けなきゃいけないんです」
今後もネットスローを続け、次はキャッチボールを目指す。目に見える練習のステップアップが今のモチベーションだ。大きく、大切な一歩を踏み出した長谷川の表情は晴れやか。まだいくつもの段階を踏まなければならないが、左腕がマウンドで“サビ”を奏で続ける日を心待ちにしたい。
(飯田航平 / Kohei Iida)