肩を落として帰る姿…「高谷コーチが」
管轄を越えてでも伝えておきたい思いがあった。4日の中日戦(みずほPayPayドーム)、8点リードで迎えた9回に、岩井俊介投手がマウンドに上がった。しかし、どこか球威を感じられない。2死を奪うも、そこからカリステに本塁打を浴びるなど3連打で2失点。最後の1アウトを自ら奪うことができず、あえなく降板を告げられた。
試合後には翌日からの2軍行きも宣告された。元気のない後ろ姿。悔しさで涙が溢れ落ちそうな表情で、右腕が噛み締めるように語ったのは、高谷裕亮バッテリーコーチへの感謝だった。「高谷コーチが声をかけてくれたんです」。
バッテリーコーチは主に捕手陣を指導する立場。にも関わらず、「すみません。声かけます」と他のコーチ陣に許可を得てまで、若き右腕に寄り添ったのには理由があった。
「止まっている暇はないんで、この時(2軍にいる間)にしっかりやることを見つめ直して、追い込んで、もがいて、きっかけを掴むことができれば、先は長い。あれだけ速い球を投げる能力があるので。今のうちにキツい思いをして、色々なことにもがいて、一皮剥けたら。『あの時苦しい思いをしたからこそ』ってなってほしいんですよ」
降格が決まり、試合後に挨拶回りをしていた岩井に声をかけた。ルーキーイヤーの昨季は15試合に登板して1勝1敗、防御率3.46の成績。失点はあったものの、日本シリーズにも登板するなど、1年目から多くの経験を積んだ。
「1年目からあれだけ1軍で投げられるってことは、それぐらいの期待と能力を持っていると思うので。そこをさらに伸ばす、転機になってもらいたいんですよね。きっかけというか」。だからこそ現状を打破して、ひと回り大きくなった姿を見せて欲しいと願う。
思い出した言葉…潤ませる瞳
「苦しいマウンドっていうのは十分わかっていたし、“色々な思い”もあったと思うんですけど……。コーチとしてもですけど、現役15年しかやっていないけど、イチ先輩として。野球をやっていた先輩として、ということも含めて話はさせてもらいました」
実際の詳しい会話の中身については「岩井が言わないんだったら僕も言わないです。それはもう2人だけの話なので」と、すべてを明かすことはなかった。それでも、高谷コーチとの会話を思い出し、瞳を潤ませた岩井を見れば、心に響く言葉が詰まっていたのは容易に想像できた。
「一皮剥けて、また強くなった姿で、また1軍に上がってこられたら、それはそれで面白いと思うので」と、高谷コーチは最後に期待を込めた。2軍では12試合に登板して、17奪三振、防御率1.35の好投を続けている。この期間に1軍で安定するための何かを掴み、必ず帰ってくるはずだ。管轄を越えて届けられた“先輩”の思いは、右腕の胸に熱く残っている。
(飯田航平 / Kohei Iida)