オスナは「成功者」…だから伝えた“敗者の矜持” ヘルナンデスの教訓「疑ってはいけない」

リハビリを行うヘルナンデス【写真:竹村岳】
リハビリを行うヘルナンデス【写真:竹村岳】

6日のヤクルト戦がきっかけでオスナは配置転換

 異国の地でともに歩んできた2人だけの絆がある。落ち込んでいるのは、すぐにわかった。ソフトバンクのダーウィンゾン・ヘルナンデス投手が12日、ファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」に姿を見せた。5月22日に出場選手登録を抹消されて以降、ようやくキャッチボールを再開。明かしたのは、ロベルト・オスナ投手とのやり取りだった。

 日本球界2年目だった昨シーズンは48試合に登板して3勝3敗3セーブ、21ホールド。防御率2.25を記録し、48イニングを投げて72三振を奪った。勝ちパターンの一角として期待された2025年だが、開幕から大きく苦しむことになる。15試合の登板で0勝2敗、防御率5.27。三振数もイニング数を下回るなど、試行錯誤を繰り返してきた。

 離脱のきっかけになったのは、5月21日の日本ハム戦(エスコンフィールド)。6回からマウンドに上がり、2死一塁で清宮に対して4球目を投じた直後のことだった。左太ももの違和感を訴え、試合は一時中断。続投を選択して空振り三振に打ち取ったが、病院での診断は自身の想像を超えていた。

「8週間かかると言われたんです」。早期復帰はできないだろうと認識はしていたが、驚きの結果だった。鶴岡賢通訳に「(自分の言葉をそのまま)訳してくれ」と力強く言い、医師にこう伝えた。「8週間は長すぎる。もっと早く、だ」。最後に1軍のマウンドに立ってから、3週間が過ぎた。ブルペン投球への道筋も見え始め、実戦復帰への手ごたえも口にした。

「とにかく早く投げたい気持ちです。自分はブルペンでも出力を上げていける。(首脳陣の)判断であることは当然ですが、1日も早く準備をしてGOサインが出るように。日々できることを繰り返しています」

早期復帰のために必要な“プラスアルファ”

 4月にも10日間のリフレッシュ抹消を経験した。その時も「痛いところはないし、少し時間をもらっただけなんだ」と話していた。今季から2年契約を結び、助っ人として1軍の勝利に貢献しなければならないとの責任感も強く抱く。「普通にやっているだけでは、実現するのはプラン通りの復帰だけ。もっと早く戻るためには、もう1つ。やることにプラスアルファして毎日を過ごすんだ」。決意は固い。

 盟友の姿も気にしている。今月6日のヤクルト戦(神宮)、ロベルト・オスナ投手が2点リードの9回に登板。同点2ランを被弾し、延長10回にチームはサヨナラ負けを喫した。試合後、首脳陣は本人とも話し合いを重ね、配置転換を決断。オスナは「チームの勝利のための決定。それが一番大事なことですから。自分としてはそのための動きができていないですし、やることをやっていくだけです」と静かに受け入れていた。

 日米通算223セーブを記録している右腕が、守護神の座を譲ることになった。ヤクルト戦を終えてチームが東京から福岡に戻って以降、ヘルナンデスはオスナと会う機会があったという。「少し悲しそうには見えましたけどね」。いつも練習中から行動をともにする2人。道筋を見失わないように、こんな声をかけた。

筑後でキャッチボールするヘルナンデス【写真:竹村岳】
筑後でキャッチボールするヘルナンデス【写真:竹村岳】

東京から帰福…オスナと会って伝えた言葉

「いい時もあれば、必ず悪いこともあります。自分たちがやっていくことを疑ってはいけないですし、毎日を大切に過ごしていくこと(が大事)。松本(裕樹)も藤井(皓哉)も杉山(一樹)も、いいパフォーマンスを見せてくれている。いつもそうなんですけど、改めて今は彼らを信じて、彼らのキャリアも尊重したいです。また活躍できるように頑張りましょうという話はしました」

 MLBの舞台ではオスナが通算314試合に登板し、セーブ王にも輝いた。メジャーでの実績では、ヘルナンデスは及ばない。だが今は、海を越えて、異国の地で戦う同志。「オスナは偉大な投手ですし、彼は“成功者”です。自分はメジャーで失敗もたくさんしたし、手術も経験した。“負けた者”だからこそ、伝えられることがあると思うんです」。

 背番号63は「とにかく早く投げたい」と前のめりな姿勢を口にする。ブルペンをより強固にするため、そして秋に全員で笑うために――。地道な日々と、今は真っすぐに向き合っていく。

(竹村岳 / Gaku Takemura)