何度も口にする「負けたくない」
早朝6時。ホークスの未来を担う2人が、黙々と汗を流していた。2023年ドラフト1位左腕・前田悠伍投手と、2024年ドラフト1位右腕・村上泰斗投手だ。ともに高卒でプロの世界に飛び込み、球団が将来の「左右の両輪」として大きな期待を寄せている。2人が顔を合わせる早朝のトレーニングルームには、特別な空気が流れている。
同じ寮生。「毎日というわけではないですが、起きたら『よし行こう』という気持ちになります」とルーキーはトレーニングルームへ向かう。そこには必ず前田悠の姿がすでにある。「挨拶をするだけで、そのあとの会話はありません」。村上はそう静かに明かす。期待のドラフト1位同士は、なぜ言葉を交わさないのか。
“無言の空間”には、プロとして胸に秘める覚悟と、互いを高め合う無形の絆があると村上は感じている。そしてそこには密かに燃やすライバル心が隠されているのかもしれない。静寂の先に、2人が見据えるものとは――。
「悠伍さんは僕のことをどう思っているかはわからないですけど。僕は絶対に負けたくないです」
先輩の背中から学ぶストイックさと、秘めた対抗心
村上から見て、「しゃべりかけにくいほど」の緊張感がある前田悠のトレーニング。目の前のメニューに全神経を注いでいるのがピリピリと伝わってくる。
「お互いトレーニングに真剣に向き合っているからこそだと思います」と村上は受け止めている。馴れ合うことなく、ひたすらに自身を高める姿こそが、プロの世界で飛躍しようとする投手の背中だと感じ取っている。
前田悠の姿勢は、まさに手本。「コーディネーターの方に自分から質問をしにいって、いつも課題を明確にされています。その課題に向けてひた向きにトレーニングをできるところがすごい」。先輩が見せる探究心と、課題を克服するために流す汗。「高校時代から悠伍さんは僕らの世代のエース。そんな人と同じチームにいることで、お手本になることが多いです」と、その存在の大きさを肌で感じている。
しかし、年齢はひとつ違い。村上の胸の内には、尊敬や模倣の念だけではない闘争心が秘められている。「でも絶対に負けたくないです」。その真っすぐな言葉には、世代を代表する左腕への強烈なライバル意識と、いつか必ず超えてみせるという右腕の野望が滲む。繰り返される言葉に負けん気の強さが表れている。
151キロデビュー…渇望する次の舞台
村上自身もまた、着実にプロとしての階段を登り始めている。5月4日、熊本で行われた火の国サラマンダーズ戦との4軍戦で実戦初登板を果たすと、いきなり自己最速に迫る151キロを叩き出し、1イニングを3者凡退に抑えるデビューを飾った。「あまり調子は良くなかったです」と本人は首を捻るが、マウンド度胸とポテンシャルの高さは明らかだった。
「早く2軍に上がりたい。多くのファンの方に見られる環境で、多くのイニングを投げたいです」と、 視線はすでに次のステージを捉えている。現在は球団が用意した育成プランの中で心身を鍛えているが、それは昨季の前田悠が辿った道と重なる部分があるだろう。左腕もそうだったように、確かな手応えと、マウンドに対するウズウズする気持ちをトレーニングにぶつけている。
朝もやの中、言葉を交わさずとも響く金属音と胸に秘めた静かな闘志。前田悠伍と村上泰斗――。18歳が抱くライバル心こそが“ドラ1の系譜”をより強固にするのかもれない。「今季中に1軍で登板できるようにやっていきたいです」。両腕がマウンドで躍動する日を、ファンは期待とともに待ち望んでいる。
(飯田航平 / Kohei Iida)