ゲームセットまで1ストライク…適時打で1点差に
絶対に折れない信念が、最後の最後に劇打へと繋がった。主役はサヨナラ打を放った川瀬晃内野手。その直前、1点差に詰め寄ったのは牧原大成内野手の適時打だった。「絶対に終わらないという気持ちでした」。どれだけ悔しさを味わっても「取り返してやる」という強さが背番号8にはある。
初回にいきなり3点を失い、暗いムードが漂った。5回に1点を返したものの、その後は点差を縮めることができずに2点ビハインドで9回に突入した。2死から中村晃外野手と柳町達外野手が連打で一、二塁のチャンスを作る。打席に入ったのが、牧原大だ。2球で追い込まれ、迎えた5球目。外角低めに落ちていく変化球へ、必死にバットを伸ばした。ふらふらと舞った打球は左前に弾み、1点差とした。反撃ムードを一気に高めた一打だ。
感情も表に出しながら、全力で白球を追うプレースタイル。「気持ち1本」というコメントをこれまでも繰り返してきた。泥沼の6連敗まで、あと1ストライクにまで追い込まれていた。牧原大は「きのうは僕が最後のバッターだったので。シンプルに、絶対に終わらせないという気持ちでした」。悔しさを隠せずヘルメットを投げ捨てたのは、前夜の出来事だった。
「もちろん、ゲッツーになった打席も絶対に打ってやろうという気持ちで入って、結果がああなってしまった。それでチームの流れを悪い方向に持っていってしまった。きょうはね、絶対になんとしてもつないでやろうという気持ちがありました」
5月1日の日本ハム戦、9回1死一塁で牧原大に回ってきた。初球を引っ掛けると、結果は二ゴロ併殺。敗戦が決まると、思わずヘルメットをグラウンドに叩きつけた。4月29日の同戦も、1点を追う延長10回2死二塁で初球の真っすぐに手を出して投ゴロ。直近3試合で2度、“最後の打者”になっていた。覚悟を決めて打ちにいったからこそ当然、後悔などあるはずがない。
前夜の日本ハム戦ではゲッツーで“最後の打者”に
「きのう(1日の試合)のゲッツーは、代走に(緒方)理貢が出て、変化球がワンバウンドになって進塁するのが(相手バッテリーにとって)嫌だろうなって自分の中で考えていました。絶対に初球、真っすぐがくる。絶対に真っすぐだと打ちに行った結果がああなってしまった。自分の中では絶対にいくと決めていましたし、それはちゃんと切り替えられていました。きょうに関しては、絶対につないでやるという気持ちだけでした」
チーム状況が苦しくても、試合は進んでいく。どれだけ重圧がかかる場面で打席が巡ってきても「逃げたいとは思わないです。常に取り返してやろうって気持ちしかないです」。この“強さ”こそ、牧原大の原点だ。たとえ凡退しても、すぐにベンチの最前列に立つ。「試合は終わっていないので。僕が凡打したところで、次のバッターは自分と同じ重圧の中で戦う。悔しがるのはその後でいいです」。乗り越えてきた苦難のぶんだけたくましくなった。
本多コーチも絶賛する成長…ある日の春季キャンプでは“叱責”も
まだ工藤公康氏が監督だった頃の春季キャンプ。ある日のシートノックで、二塁を守る牧原大にミスが続いた。ジャッグルし、思わず天を見上げる。打球を追わない姿を見て「(悔やむのは)後!」。グラウンド全体に広がる、刺すような声で叱責したのが本多雄一内野守備走塁兼作戦コーチだった。気持ちの強さゆえに、時には行動にまで影響してしまう。それが今は悔しさを胸に秘め、後輩に背中を見せるようになった。「年齢とともに成長していると思います」と、本多コーチも目を細める。
「牧原自身、ベンチにいてもすごい声出すんですよね。だから、ぐっと(試合に)出たい気持ちを声に変えている。それはすごく感じます。打つ、打たないはもちろんありますけど、今やらないといけないこと。気持ちの入れ方というところが、若い子たちが勉強する部分でもある。負けん気も強いですし、そのポイントは牧原自身が理解、経験していると思う。そういう点では、いろんなポジションを守りながらも、彼の存在は本当に大事です。お手本になります、ベンチにいても」
2023年オフ、小久保監督に対して直接「二塁専念」を直訴した。昨シーズン、守備に就いたのは二塁だけ。しかし今季は周東佑京内野手が離脱した影響で、2年ぶりの中堅守備も経験した。チームのためなら、なんでもする。そんな姿勢に本多コーチも「守ると決めた以上は、他のことはもうとやかく言わない。それが男としての、選手としての、素直な気持ち。絶対に横振れしない。やると決めたら、とことんやる。人としての見られているところ。美しい部分かなとは思います」と手を叩いた。
連敗を止める貴重な一打。「なんとかバットに当てて、三振だけはしないように。(バットに当てれば)なんとかなるだろうと」。32歳はすでに次戦を見据えているような表情で語った。残り115試合。苦境だからこそ、牧原大の強さがチームを救う。
(竹村岳 / Gaku Takemura)