ヒーローに抱き着いたのは…「一番に行こうと」
出口はあるのかと疑ってしまうほどの暗いトンネルをようやく抜けた。5連敗中の鬱憤を晴らす劇的な勝利だった。2日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)、2点ビハインドの9回に1点を返し、なお2死満塁。代打で登場した川瀬晃内野手が左中間を破る逆転サヨナラ2点二塁打を放ち、6試合ぶりの白星をもぎ取った。土壇場で試合をひっくり返したヒーローは久しぶりの歓喜をかみしめるように、泣いた。
殊勲打を放った川瀬の元へ一目散に駆け寄り、力強く抱き合ったのが渡邉陸捕手だった。「僕もめっちゃ興奮しました。もう一番にいこうと思って」。無我夢中でヒーローに抱き着いたが、「あまり覚えてないです」。自身の出場はなくとも、それほどまでに気分は最高潮だった。
二塁ベース付近から川瀬が振り返ったベンチ。真っ先に目に飛び込んできたのは頼れる先輩の姿だった。「クリ(栗原陵矢)さんです。クリさんが見えました」。そして、最初に抱きついてきた後輩の姿もしっかりと目に焼き付いていた。「(渡邉)陸! それもちゃんと覚えていました」。

劇的な一打が生んだ感動的な瞬間の背景には、前夜に行われた“決起集会”があった。日本ハムに敗れた1日の試合後。重苦しい連敗の空気を振り払おうと、4人の選手が集まった。
若手を鼓舞した“キャプテン”「今は苦しいけど」
「僕がクリさんに『サクッと飯行きません?』って言いました。クリさんが(川瀬)晃さんと陸を誘っていて、4人で行きました」
きっかけは佐藤直樹外野手からの誘いだった。栗原がそこに川瀬と渡邉を誘い、4人での食事会が実現した。「サクッといくつもりが、ずっと野球の話をしていました」。予定よりも少しだけ長くなった夜。各々が感じる思いは同じだった。
「勝ってる時ってそんなに疲れを感じないけど、負けている時って疲れを感じるな、みたいな話をしましたね」。佐藤直が明かした会話の内容からは、チームが置かれた苦しい状況がうかがえる。それでも、この会の最年長でもあった栗原は前を向いていたという。
「『まあ今はこんなに負けているけど、これから連勝して、優勝できる気がするんよな』みたいな話はしました。クリさんが言ってました。『今は苦しいけど頑張ろう』って」
渡邉も「本当にそうです。ずっと野球の話をして、頑張ろうなって」とその場の雰囲気を証言する。前向きな言葉が飛び交う、濃密な時間だった。
そんな夜を過ごした翌日の劇的勝利。サヨナラのホームを踏んだ佐藤直が「もうめっちゃ嬉しかったです。泣きそうでした」と興奮気味に語れば、渡邉も「ご飯を食べながら(川瀬が)『マジでよかった』ってしみじみ言っていました」と、試合後の様子を明かした。前夜の語らいが、勝利への渇望を再確認させた。
逆転サヨナラ打で川瀬が溢した涙の意味
栗原のリーダーシップは随所に表れている。2日の試合前に行われたミーティングで締めの言葉を任されると、ナインに伝えられたのがオフに訪れたアフリカで学んだマサイ族のエピソードだったと佐藤直が明かす。
「『あなたたちは雨が降ったら嫌な気持ちになるでしょう? でも僕たちは雨が降らないと水も飲めないし、生活ができない』みたいな話でした。『悪いところばかり見たらあかんな』って。すごくいいことを言っていました」
サヨナラの場面、川瀬は「絶対回ってこい」と願い、打席に向かった。「みんながつないでくれたんで、絶対に返してやろうという気持ちだけで打ちました」。もみくちゃにされた後、こらえきれずに涙が溢れた。重圧から解放され、チームの勝利に貢献できた安堵と喜びが表れた。
栗原も「彼(川瀬)がいることで、すごくチームが回っている。きょうみたいに、ここぞのところで決める技術ももちろんありますし。すごく頼もしいですね」と、笑みを浮かべた。思い通りにいかない、苦しい時期であることは変わりない。だが、選手それぞれの自覚と結束力が、劇的な勝利を呼び込んだ。これからのホークスを担う選手らで開かれた“決起集会”はみんなを救った。
(飯田航平 / Kohei Iida)