きっかけは意外な“イジり”から
相次ぐ主力の離脱で苦しむチームの中で、単なる戦力としてだけではなく、“付加価値”をもたらしている選手がいる。12年目のシーズンを戦っている嶺井博希捕手だ。4月10日に1軍に昇格した33歳について、小久保裕紀監督は確かな信頼を口にする。
「(試合に)出ていない時でも、ピッチャーと他のキャッチャー陣の間に入ってくれて。そういう役割も期待していた。上手くパイプ役をしてくれていますね」。特に若い捕手が多いチーム状況。投手陣との橋渡し役としての働きに目を細める。
嶺井自身は「パイプ役」という仕事にピンときていない。「いや、本当に普通にやっているだけですよ。特に意識しているわけではないです」とあくまで自然体でいる。しかし、若手投手陣らが発する言葉からは、ベテラン捕手の献身的な姿が浮かび上がってくる。
「自分からも話しかけに行くし、嶺井さんからも話しかけてもらいます」。プロ2年目の大山凌投手は、関係性をこう明かす。重要なのは、“一方通行”ではないこと。「野球の話もするし、くだらない話もします。お風呂でも話すし、遠征の移動中とか空港の待ち時間でも」。その内容は“本業”の話だけにとどまらず、日常的に接点を持っている。一回り近く齢の離れた2人が距離を縮めたきっかけは、意外な“イジり”だった。
昨季、大山が1軍から調整登板のために2軍へ合流した時だった。「久しぶりに会った時にイジられたんですよ。『お前、2軍と1軍で全然違うな。(2軍では)手を抜いとるやろ。球速も全然違うじゃん』って」と笑いながら振り返る。もちろん大山は全力投球だと伝えたが、嶺井からは「うそつけー!」とユーモアたっぷりに返されたという。
このやり取りは今も続いている。「試合で僕が投げているときに、イニングが終わってベンチに戻ると『ちゃんとやれよ。ちゃんとやれよ』って。『やってます』って言うと、『1軍やと真面目やな〜』って言われるんです」。一見、冗談を言い合っているだけのようにも思えるが、大山はこのコミュニケーションの積み重ねによって嶺井との関係構築が進み、「話しやすい雰囲気になってきていると思います」と実感している。
嶺井の行動の裏には…昨季の経験
松本晴投手も、嶺井の献身を証言するひとりだ。「『きょうはどういう球で、こういう意図があって』というのを、(登板が)終わったらすごく話してくれます。受けて感じたことなどを、すごく細かく伝えてくれます」。バッテリーを組んだ際の具体的なフィードバックに感謝する。
「積極的に話してもらえますし、嶺井さんがいろんなピッチャーに話しかけているのをよく見ます」。松本晴との会話では野球の話が中心。それぞれの投手の性格や距離感に応じて、話すタイミング、内容も違う。
若手投手陣にとっての“助言”は、嶺井本人にとっては貴重な情報収集の時間でもある。ホークス移籍2年目だった2024年シーズンは、キャリアワーストの4試合出場にとどまった。「普通にやるだけです。自分が去年、1軍にいなかったんで」と“空白の1年”を埋めるように、把握に努めている。
小久保監督が期待した通りの「パイプ役」。嶺井独特の雰囲気と、自然体のコミュニケーションはチームにとって欠かせない。主力野手が次々と離脱する中、重要さは増すばかりだ。
(飯田航平 / Kohei Iida)