「やりたくてユーティリティをやっているわけではない」
生きるためにしがみついてきた道は、自分だけのプライドになっていった。スーパーサブは「特別なこと」。“手負い”のまま開幕したホークスを支えているのは、プロ10年目を迎えた川瀬晃内野手の存在だ。
シーズン開幕直前に栗原陵矢内野手が右脇腹を痛め、今もリハビリを続けている。今宮健太内野手もキャンプ中に左ふくらはぎを負傷し、オープン戦3試合に出場しただけという状態で開幕を迎えた。不安もあった中、小久保裕紀監督が明言していたのは「晃(川瀬)にはスーパーサブとしてやってもらいたい。健太を休ませる日はショートを守ってもらいますし、かなり幅広く起用していくと思います」。空いてしまった“穴”を、川瀬に埋めてもらうという構想だった。
本人は「チームが勝つために自分がどういう働きをするのか、考えながらやっています」と静かに話す。オフには常に「今宮さんに負けたくない。やりたくてユーティリティをやっているわけではない」と目標を掲げる一方で、チームの勝敗がかかるシーズン中は与えられた役割に徹する。ある種の“割り切り”があるからこそ、自分を犠牲にできるのだ。チームに欠かせないほどぶ高まった“献身性”は、どのように養われたのか。川瀬は2024年シーズンでの経験が「大きかった」と振り返る。
「奈良原ヘッド、本多コーチの言葉は刺さる」
「監督はもちろんですけど、奈良原(浩)ヘッド、本多(雄一)コーチの言葉は刺さるものがあります。『晃はチームに必要不可欠』と言ってくれるので。それに応えるじゃないですけど、自分にしかできないことだと、特別なことだと思って今はやっています。途中から出るというのは、自分にしかできないと思っているので、やりがいもありますね」
プロ初出場は3年目の2018年。プロ野球選手なら、誰しもがレギュラーを目指すもの。川瀬も“サブ”という役割に「最初はやりがいというよりは悔しい気持ちでやっていた」と認める。そんな思いは、経験を重ねるごとに変化していった。「やりがいを感じ出したのは、監督やヘッドの言葉1つ1つがあったからです」。与えられている役割が簡単ではないことを、首脳陣が理解してくれる。絶対に起用に応えたいと、準備と努力を重ねてきた。
2024年は1軍でシーズンを完走し、キャリアハイの105試合に出場。指揮官も常に“替えの効かない選手”の1人として、背番号0の名前を挙げてきた。「去年は大きかったですね。小久保監督もそうですけど、奈良原ヘッドがすごく大事にしてくれるというか、声をかけてくださる。自分の中では、こういう活躍の仕方があるんだという感じです」。抱いていた悔しさはいつしか、特別な感情に変わっていた。
「去年はいろんなところで、どういう状況でもいくようになった。失敗ももちろんしましたけど、成功した時のみんなからの言葉でやりがいを感じられました。そういう言葉をたくさんの方が言ってくださる。もちろん、そうやっていく中でスタメンの数を増やしたいし、まずは自分の信頼。どうやったら信頼を勝ち取れるかと言ったら、そういうところからの活躍だと思うので」
川瀬晃が「やりがいを感じられた」という言葉
プロ初のサヨナラ打を放った後、柳田悠岐外野手は「ありがとう」と声をかけた。小久保監督は「1軍になくてはならない」、奈良原コーチも「『こいつにかけてみよう』と思えるだけの準備をしている」と、振り返れば感謝の言葉はたくさん出てくる。
スタメンでないことも割り切って、チームの勝利を目指す。徹底的な準備を続け、求められる役割を体現できるだけの技術が川瀬にはある。「場面に応じてやること。自分の良さは、すんなり試合に入れることだと思うので、しっかりを準備したいです。いつ、なにが起きるのかわからないので」。首脳陣と結ばれている固い信頼は、プロ10年間で積み上げた川瀬だけの“プライド”だ。
「10年できるとは思っていませんでしたけどね。この舞台に立てていることを幸せに感じてやっていきたいです」。スーパーサブは特別なポジション。目標は1つ、チームの日本一だ。「去年は、(日本一に)なれなかったのが一番悔しかった。まずは信頼を勝ち取って、出場機会も去年より増えるように」。川瀬の存在が、絶対にホークスには欠かせない。
(竹村岳 / Gaku Takemura)