監督が勝手に取材辞退「お前はいいよ!」 外出禁止で唯一の楽しみは…新生活の思い出

4月突入…4選手に聞いた新生活の思い出

 4月に突入し、いよいよ2025年度もスタート。新たな生活を始める人も多い中、選手に新生活や、新天地での思い出を聞きました。伊藤優輔投手はコロナ禍でのプロ入りで苦しかった経験を振り返ります。宇野真仁朗選手が早実高・和泉実監督から言われたまさかの一言とは――。各選手の思い出をぜひご覧ください!

宇野真仁朗の写真
宇野真仁朗
背番号 46
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新生活での思い出は。

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4月5日が高校の入学式でした。その1週間前から新入生はみんな練習を始めて。でもその間は練習試合とかは出れなくて、練習だけ。そこがあって春の大会にメンバー入りして、入学式の次の日にやっと試合に出られるってなって。初試合で『1番・二塁』で出させてもらった。2打席目の初球の打球がレフトフェンスに直撃。その時3安打でスリーベースが2本。めちゃくちゃ嬉しかった記憶があります

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早稲田のユニホームで初安打。

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兄貴が同じ高校だったので。ずっと見て憧れていました。早稲田のユニホームを着てこんなにすぐプレーできて、結果が出ると思っていなかったので。目指してはいましたけど、想像していなかった。新鮮な気持ちで忘れられないですね。そこからずっと練習試合、公式戦は頭に死球が当たるとかしない限り全部出させてもらった。その始まりというのは大きかったですね

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結果を出せたからこそ次があった。

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そうですね。あそこで印象を残せたというか。自分の自信にもなりましたし。3年間で自分が一番この高校入ってよかったのは、ずっと試合に出させてもらったこと。1番の経験だなと思っています

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当時、和泉監督に言われた言葉は?

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覚えているんですよ。めちゃくちゃ緊張していたんですけど、試合が始まる前に『大丈夫。そんな期待していないから』って。そんな監督だったんです(笑)。そういうことを言うんですけど、それがすごい良いところで。逆にリラックスして『そうやな』って思い切ってできました

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3安打した後は?

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それで取材があると思うじゃないですか。いけるかなと思ったんですけど、監督が『お前はいいよ!』って言って取材を受けさせてもらえなかった。『(取材が)あるわ!』と思っていたんですけど、受けさせてもらえなかった。めちゃくちゃ面白い監督でした(笑)

伊藤はコロナ禍に入団…辛かったこととは

伊藤の写真
伊藤優輔
背番号 42
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新生活で印象に残っているのは。

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ジャイアンツの寮に入った時ですね。めちゃくちゃコロナ禍だったので。ほぼ外出禁止みたいな感じ。ずっと社会人の寮で門限もなく自由に暮らしていたところから寮に入って。コロナ禍で全然外出できない苦しさから始まったのがある意味思い出と言えば、思い出ですね

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社会人の寮はある程度自由。

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そうですね。高校から入っていたら、全然大丈夫だと思うんですけど、結構きつかったですね

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家の中で何をしていた。

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マジで何もしていないんですよ。部屋にいてウーバー(イーツ)とかで食べ物を頼むとかが楽しみって感じでした

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その時誰と仲良くしていた?

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誰……。部屋の行き来とかもダメだったので、全然大したことしていないですね

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トレーニング以外の時間は。

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部屋にいてテレビ見るくらいしかなくて。治療とかで外に行くのが唯一の楽しみ。ちょっと電車に乗って都心に行けたみたいな感じでした

若鷹に聞いた新生活で大事なことは?

佐倉の写真
佐倉俠史朗
背番号 129
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新生活での思い出。

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高校に入学するときに初めて先輩の試合を見に行って。その時の1個上の1番バッターの打球がいまだに忘れられないですね。中学から高校に上がるタイミングでレベルの違いを感じました。センターライナーだったんですけど、小田原(義)さんっていう人で。すごい打球を打っていました

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何が凄かった?

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中学、高校とやっぱり体が違うので。もちろんプロもですけど、高校に入りたての僕はスタンドで見ていて。初球をガンって打って、アウトでしたけど、力強さだったり、スピード感だったりにびっくりしました

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高校1年生から活躍していたが、最初は差を感じていた?

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最初は差があるなと感じました。やっていくうちに自分もどんどんレベルアップして近づいていくなっていうのもありましたね。最初は試合に出られる選手ではないと思っていたので。1番下のつもりで行けって言われて入っていたので

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寮生活はどうだった?

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先輩後輩の怖さはありましたが、九国(九州国際大付高)の寮は上下関係がないわけではないんですけど、1年生もやりやすいようにしてくれていたのでありがたかったです

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親元離れて不安は?

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小さいときから、両親がいないときにおばあちゃんの家に住んだこともあって。行ったり来たりだったので。それはあまりなかったです

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新生活を送るファンにアドバイスを送るとしたら。

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挨拶ですかね。新しく関わる人はいっぱいいると思うので。自分が新しく入るわけではなくても。新しい人が来たときに挨拶をしておいた方がいい関係を築けると思います

藤原の写真
藤原大翔
背番号 142
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新生活の思い出は。

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高校から寮に入ったんですけど、それまではずっと実家だったので。高校の時は離れるのが寂しいって気持ちだったんですけど、こっち(ホークス)にくるときはもうワクワクでした

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当時は何が寂しかった?

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高校は……色々キツかったです。厳しい高校で時間とかもきっちりしていたので。僕そういうのが少し苦手で……(笑)

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筑後は?

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僕の実家(行橋市)とほぼ一緒みたいな感じなので住みやすいです。都会は人が多いのであまり好きじゃないので。田舎の方が落ち着きます

(川村虎大 / Kodai Kawamura)