由伸&戸郷に肉薄…前田悠伍が示した絶対的エースの資質 過去10年でトップ3の“衝撃”

マウンドから投げ込む前田悠伍【写真:長濱幸治】
マウンドから投げ込む前田悠伍【写真:長濱幸治】

高卒新人にして2軍でトップクラス…圧倒的な完成度を見せつけた前田悠

 次世代のエースは誰か──。ホークスファンにこう問いかければ、一定数以上が前田悠伍投手の名前を挙げるのではないだろうか。大阪桐蔭高時代から世代屈指の左腕として注目され、2023年ドラフト1位でホークスに入団した左腕。ルーキーイヤーの昨季は2軍で12試合に登板して4勝1敗、防御率1.94という見事な成績を残し、シーズン終盤には1軍デビューを果たした。高卒1年目ながら、高いパフォーマンスは多くのファンに強い印象を残したに違いない。

 これだけの成績を残した前田悠への期待が高まるのも無理はないが、実際に左腕の力量、ポテンシャルはどれほどのものだろうか。今回は過去に高卒ルーキーがファームで残した成績と比較しながら、19歳の現在地を探っていきたい。

 まずは昨季の前田悠がファームで披露したパフォーマンスを改めて確認してみよう。冒頭でも触れたとおり、昨季は2軍戦で12試合(先発では9試合)に登板し、65イニングを投げて4勝1敗1セーブ、防御率1.94という好成績を記録した。この数字は一見すると、高卒ルーキーとして優秀というレベルを超え、ファーム全体でもトップクラスの成績にも映る。

 しかし、防御率ランキングで見ると前田悠が残した「1.94」は、2軍戦で50イニング以上を投げた投手の中で10位にとどまる。2024年のNPBは「投高打低」の傾向にあり、1軍では防御率1点台を記録する投手が続出した。ファームも例外ではなく、50イニング以上の投球回で防御率1点台の投手は12人に上った。このような背景を考慮すると、前田悠の成績は高卒ルーキーとしては極めて優秀だが、ファーム全体で見ると飛び抜けた数字とまでは言えないかもしれない。

 次にセイバーメトリクスの観点から評価してみよう。投手の“責任範囲”を限定し、その範囲内でのパフォーマンスに注目する。具体的には奪三振と与四球に着目したい。フェアゾーンに飛んだ打球に関しては野手の守備力や球場の特性など、投手以外の要因によって結果が大きく左右されるためだ。不確定要素が大きい要素を評価対象から除くことで、投手本来の力量をより正確に測ることができる。

 また、2024年のように投高打低の傾向が顕著なシーズンであっても、奪三振や与四球の平均値には大きな変動が見られないのが特徴だ。2つの要素に着目することで、シーズンごとの環境差に左右されにくい、公平な評価が可能になる。

 奪三振%(三振÷打者)で見ると、前田悠は23.3%を記録し、50イニング以上を投げた投手の中で7位にランクインしている。例年の2軍における奪三振%の平均値は20%弱で推移しているため、この数値は明らかに優秀だ。ずば抜けてはいないものの、高卒ルーキーとしては十分に目を引く奪三振能力を発揮していたと言えるだろう。

 次に与四球を見てみよう。与四球%(四球÷打者)は3.2%をマークし、こちらは4位に入った。2軍での平均が例年9%前後であることを考えると、この数値も非常に優れている。奪三振と同様に断トツの数字とまでは言えないが、与四球の少なさという観点でも19歳左腕は優れていることは間違いないだろう。

 さらに奪三振と与四球を用いた重要な指標で前田悠を評価してみよう。それが「K-BB%」だ。三振%から四球%を引くことで求められる非常にシンプルな指標で、三振を多く奪い、四球を少なく抑えられる投手を総合的に評価できる。

 前田悠のK-BB%は20.1%。この値は50イニング以上の投球回を記録した投手の中で2位にランクインしている。1位の菅井信也投手(西武)がマークした20.3%にわずか0.2ポイント差と、ほぼ最高レベルの数字だ。昨季2軍で披露した前田悠の投球は、防御率で見る以上に優れた内容だったと考えられそうだ。

日本を代表するエースに肉薄…前田悠が「数年に1人の逸材」と言えるワケ

 ここまで見てきた通り、前田悠は三振を多く奪い、四球による余計な出塁を許さないという観点で非常に優れた投手である。ファーム全体で見ても優れているのだから、2024年に入団した高卒ルーキーの中では当然、断トツだ。表5は昨季の高卒新人のK-BB%ランキングを表したものだ。

 表を見ても前田悠の凄みがよくわかる。2位の木村優人投手(ロッテ)に10%弱の差をつけており、昨季の高卒ルーキーの中ではずば抜けた数字だ。これほど傑出しているならば、過去の高卒新人投手と比較しても、その実力は際立っているのではないか。現在1軍で活躍している投手たちの高卒新人時代と比べると、前田悠の成績はどのような位置にあるのか。過去10年間のファームデータをもとに、“現在地”を探ってみよう。

 以下の図1は過去10年の高卒新人投手がファームで残した奪三振%と与四球%を散布図にしたものだ。横軸は奪三振%、縦軸は与四球%を示しており、図中の右上に位置するほど三振が多く、四球が少ない優れた投球を見せていたということになる。

 図を見ると、現在1軍でエースクラスの活躍を見せている宮城大弥投手(オリックス)や才木浩人投手(阪神)、高橋宏斗投手(中日)らでさえも、散布図の右上には位置していない。これらの顔ぶれであっても、高卒1年目の時点でずば抜けた成績を残せる投手はほんのわずかなようだ。

 一方で、図の右上に注目すると、明らかに飛び抜けた3つのプロットが存在するのがわかる。オレンジ色で示したものだ。このうち2つは、日本を代表する投手として活躍している山本由伸投手(ドジャース)と戸郷翔征投手(巨人)のものである。現在エース級となっている投手のすべてが高卒新人時点で優れた成績を残せていたわけではない。しかし、この時点で傑出している投手はやはり大物であることは間違いない。

 彼らとほぼ同位置にあるもう1つのプロット、これこそが前田悠だ。高卒1年目の時点で山本や戸郷と同レベルの投球を見せていたことが散布図からわかる。K-BB%の観点から見ても優秀さは明らかだ。以下の表6は、過去10年間のファーム高卒新人のK-BB%ランキングだ。これを見ると、前田悠の20.1%は山本由伸(21.7%)、戸郷翔征(21.3%)に次ぐ3位。その差はごくわずかだ。他の投手とは明確な差をつけており、いかに抜きん出た存在であるかがわかる。

 特筆すべきは、前田悠が高卒1年目ながら多くのイニングを投げている点だ。一般的に高卒ルーキーはシーズンを通して戦う体力を維持することが大きな課題とされている。高校時代とは異なり、プロでは100試合以上の試合を戦い抜く必要があり、体力の消耗によってパフォーマンスを落としてしまう選手も少なくない。

 しかし、その課題をものともしていない。ファームでは65回を投げ、山本(33回2/3)よりも30イニング以上、戸郷(42回)と比べても20イニング以上も多くの投球回を重ねながら、彼らとほぼ同水準の成績を残している。高卒ルーキーとして、これだけの「質」と「量」を両立させた投手は、まさに稀有な存在と言えるだろう。

 前述したように、高卒ルーキー時点の成績がそのまま将来の大成を約束するわけではない。一方で高卒1年目でこれほどの成績を残せる投手が現れるのは数年に1度だ。かつてホークスは斉藤和巳投手、杉内俊哉投手、和田毅投手、新垣渚投手の「先発4本柱」を中心とした高い投手力で勝利を収めてきた。しかし、ここ数年は打者を圧倒するレベルのエースは現れていない。前田悠の1年目の投球を見ると、近い将来に絶対的なエースとして大きな存在感を示しそうにも思える。今季中にも1軍で大きな活躍を見せてもおかしくはない。

DELTA http://deltagraphs.co.jp/
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。