放心状態の中でも、忘れられない言葉があった。「答えは教えてくれないんです」。2勝3敗で迎えたDeNAとの日本シリーズ第6戦。勝負を分けたのが5回だった。4点差とされ、なおも1死満塁の大ピンチで、登板したのがドラフト2位ルーキーの岩井俊介投手だった。
3番・牧を二直に打ち取り2死満塁としたが、4番・オースティンに押し出しの死球。筒香に走者一掃の二塁打を浴び、続く宮崎にも中前に適時打を運ばれ、試合の趨勢は決した。「試合を壊してしまった……。僕が壊しました、確実に」。悪夢のようなイニング。スコアボードには「7」の数字が刻まれ、平常心ではいられなくなっていた。
ベンチに戻っても頭の中は真っ白。鼓動は速いままだった。「マジでぶっ飛びました。頭に入ってこなかったです」と振り返る。敗戦から1週間経っても、チームメートからかけられた言葉をすぐには思い出せないほどだ。そんな岩井だが、たったひとつだけ忘れられない出来事があった。「冷静だな。この人すごいなと思いました」。降板後に岩井の肩にそっと手を置き、話しかけた選手がいた。
「気にするな。でも、いいところに投げてもバッターって振ってくれないよね。相手の集中力すごいじゃん? そこをどうするかだよね」
こう声をかけたのが、この試合に先発した有原航平投手だった。3回4失点での降板には、自身も多くの感情を抱いただろう。そんな中でも、真っ先に岩井に駆け寄り、そっと話しかけたという。
シーズン中にも同じようなことがあったと岩井は語る。「京セラで点を取られた時も言われました。『力むのはいいんだけど、力み方だよね』って。また深いなって思いました」。
負ければ日本一を逃すという展開であっても、有原の姿勢はシーズン中と変わることがなかった。励ましの言葉だけではなく、これから”どうするのか”を岩井に確認させたかった。
声をかけられた直後は、「どうするんだろうって思って、謎のままだったんです……。答えは教えてくれなかったんです」と、すぐに考えを整理することはできなかった。それでも、時間が経つにつれて少しずつ冷静に振り返ることができるようになった。
「自分の中では色々と答えが出ています。DeNA打線はインコースを頭から消していたんだと思います。だからもう外にくるだろうな、っていう集中力。インコースに投げられないと幅が広がらないし、それでは上で通用しないと思いました。自分はインコースを舐めていたんですよ……。頭のどこかで『ゾーンに思いっきり投げたらいけるやろ』って思っていたんだと思います。全部打たれたので。大事さを痛感しました」
エースからの言葉は岩井に考えるきっかけをくれた。宮崎での秋季キャンプに合流した7日には倉野信次投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)から「このままじゃダメだぞ」と伝えられた。有原から授かった言葉と、自分なりに見つけ出した答えがあるから、今はトレーニングに打ち込むことができる。
「ピンチの場面で投げるピッチャーって、ピシャリと終わって欲しいときに登板すると思うんです。日本シリーズで感じたことは、僕はそれにはまだまだなれていないということでした。来年は悔しい思いを取り返したい。本気で頑張ります」。次はチームの危機を救える投手に――。エースが与えた“ヒント”は、岩井を一回り成長させた。