栗原陵矢の「ヒーロー」…登場曲に込めた感謝 厳しい父からLINEで「胸いっぱい」

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:荒川祐史】
ソフトバンク・栗原陵矢【写真:荒川祐史】

3連勝で終わったピンクフルデー…栗原陵矢も「雰囲気を楽しむことができた」

 グラウンドに立てば、いつもよりちょっと勇敢なプロ野球選手だ。福岡にまで「ヒーロー」が来てくれたから、絶対にいいところを見せたかった。ソフトバンクは17日からの西武戦を3連勝で終えた。登場曲に感謝を込めて、特別な思いで戦っていたのが栗原陵矢内野手だった。ピンクに染まった景色を見て「いつもと違った景色でしたし、いろんな雰囲気を楽しむことができました」と目と心に焼き付けた。

 17日の1戦目、2回1死一塁から右前打。その後の周東佑京内野手の2点適時打を呼び込んだ。7回2死一、二塁からは右翼線に適時二塁打を放つなど2安打1打点の活躍。3試合で合計8打数5安打で、打率.262まで上昇。「ヒットよりも打てなかった打席の方がフォーカスしますし、その打席が納得のいく打席だったかどうかが一番大事です」と、全ての打席を大切にしながら、きっかけを掴もうとしている。

 3連勝で終わった西武3連戦。栗原は第2、第4打席は「DISH//」の「沈丁花」を登場曲に使用。1打席目と3打席目に「FUNKY MONKEY BABY’S」の「ヒーロー」を使っていた。ともに感謝を表現する楽曲。選んだのは、勇姿を見せたい“ヒーロー”が球場に来ていたからだ。「お父さんが来ていたんです。お父さんっていう感じの歌を選びました」。

 選手が登場曲を変更する際、広報が“窓口”になることが多い。栗原がお願いしたのは加藤和子広報課長で「17日にドームに行ったら朝イチで『和子さん、今日からこれでお願いします』って言われました。理由を聞いたら、福井からお父さんが来ているということだったので」とやり取りの一部を明かす。17日と18日の2試合を、父・和弘さんは観戦。グラウンドにいる栗原にとっても、スタンドにいる父の姿は人混みに紛れていなかった。

 FUNKY MONKEY BABY’Sに栗原は「ファンモン、好きですよ。よくライブにも行っていましたし」と明かす。「ヒーロー」を選んだ理由も「思い入れがあるわけではないですけど、いつもの感謝じゃないですけど、たまにしか福岡には来られないですし。ドームに来る時はいつも楽しみにして来てくれるので。そういう意味を込めてという感じです」。直接、感謝を伝えるのは照れくさいかもしれない。登場曲を耳にした父が喜んでくれたら、それだけでよかった。

 栗原は父・和弘さんの人柄を「野球に対してはすごく厳しかったですし、褒められたこともないです」と表現する。今回の観戦は母親は来ていなかったそうで、和弘さんだけで福岡を訪れた。「新幹線で来ていましたし、なかなか時間もかかったと思いますよ」と、福井から福岡なのだから簡単に来られる距離ではない。久しぶりに息子の姿を見られること、1軍で元気にプレーをしているだけで、和弘さんも“胸いっぱい”だったそうだ。

「LINEで、福岡に着いて、いろんなことをしている中で『福岡に来ていることが胸いっぱいやわ』って感じのことを言っていました。結果に関しては今でも厳しい人なんですけどね」

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:荒川祐史】
ソフトバンク・栗原陵矢【写真:荒川祐史】

 今月の12日は、母の日。福井にいるお母さんには、花を贈った。「『ありがとう』とLINEでは伝えました。サイトで色々と見て、お母さんっぽいなっていう色を選びました。ちょっとピンクっぽいものを」。2022年には左膝の前十字靱帯を断裂する大怪我を負った。リハビリ組での調整に終わったシーズン。年末年始に福井に帰省した時も、いつもなら盛り上がるはずの野球の話が弾まない。「それは申し訳なかったですね」。辛いリハビリの時期も“栗原家”のグループLINEで、ずっと家族が励ましてくれた。

 実家の最寄り駅は森田駅。自分自身は「僕は学生の時はチャリ通だったし、あんまり電車に乗った記憶はないですけど(笑)」と、改札をくぐるのは少なかった人生だと振り返る。厳しい世界を戦っている今、どんな時でも支えてくれた家族への感謝は尽きない。「最近は新幹線で帰ることが多いんですけど、僕が帰る時はいつも福井駅で待っていてくれるので。そういう家族です」。栗原陵矢、背番号は24番。その背中に、愛する人の声がする。

(竹村岳 / Gaku Takemura)