喜べなかった渡邉陸の1軍昇格「マジか」 移籍先で誓う再会…水谷瞬が明かす盟友への思い

ソフトバンク・水谷瞬(左)と渡邉陸【写真:竹村岳】
ソフトバンク・水谷瞬(左)と渡邉陸【写真:竹村岳】

同期入団&同級生の2人「一番最初から知っていて、一番多くの時間を過ごした」

 たった1人、大切な“友達”との絆の話だ。ソフトバンクの水谷瞬外野手が8日、現役ドラフトで日本ハムに移籍することが決まった。「今日が現役ドラフトの日っていうのもわかっていたので、電話いただいたときはそこまで動揺はなかったかなっていう感じはします」と冷静に新天地の決定を受け入れる。ホークスの5年間で得た数々の経験の中で、常に刺激を受けてきたのが、渡邉陸捕手との存在だった。そんな盟友に対して、ショックを隠せなかった出来事がある。

 2018年のドラフト会議、5位指名で石見智翠館高から入団した水谷と、育成1位で神村学園高から入団した渡邉陸。初対面は指名を受けた後、宮崎の生目の杜運動公園で行われていた秋季キャンプを訪れた時だった。「第一印象って言えるほどちゃんとは覚えていないんですけど、見学に行って、キャンプ地で会ったのは覚えています」と懐かしむ。野村大樹内野手と中村宣聖外野手、同期入団の同級生は4人いたが、特に渡邉陸と過ごす時間が長かった。

 陽気で、人懐っこくて、ちょっぴり寂しがりや。野球においても、潜在能力はものすごいが、テンションの波があって一喜一憂する。水谷と何度か食事をともにしたことがある筆者も、そんな印象を持っている。忘れもしない、2022年5月23日。その日も普段と同じように、しっぽりとお肉を食べていた。他愛もない話をしていた中で、水谷のスマートフォンが鳴る。内容を確認した後も、言葉を発さなかった。「どうかした?」。そう聞くと、神妙な面持ちで教えてくれた。

「陸が1軍に上がるらしいです」

 ショックだった。そして、深く息を吸って、こう漏らした。「マジか……」。水谷の耳に届いた情報通り、渡邉陸は24日からプロ初の1軍昇格となった。「あいつは育成から入ってきて、先に1軍か……」。同期入団の同級生。自分の方が上だなんて思ってはいなくとも、先を越されるように1軍切符を掴まれたことだけは事実だった。水谷は当時、右肩痛でリハビリ組。自分はスローイングさえできない状態で、ともに1軍を目指してきたはずの渡邉陸の昇格を、心から喜ぶことはできなかった。今振り返ってみても、複雑な感情をしっかり覚えている。

「(同期入団の中でも)大卒選手の1軍ならまだしも、同じ高卒の育成と、支配下で入ってきた。同級生が1軍で結果を出したら嬉しいですけど、もう4年目でもあった。僕も怪我をしていて、正直オペ(手術)するかどうかというレベルだったので、その時は先を越されたなと思いましたね」

 5月28日の広島戦(PayPayドーム)で、渡邉陸は2打席連発というド派手なデビューを飾る。水谷は筑後のクラブハウスで試合を見守っていた。待望の瞬間を「嬉しかったですよ。テレビの前で動画を撮りながら、めっちゃ叫んでいました」と、今も色濃く覚えている興奮だ。一方で「心のどこかでは悔しい気持ちもありました。嬉しい気持ちと半々という感じで、僕はそもそも野球ができていなかったですから」と言う。ドラフトの順位だけで言えば下だった渡邉陸の姿を、いつしか追いかける側に自分がなっていたことが悔しかった。

ソフトバンク・水谷瞬【写真:竹村岳】
ソフトバンク・水谷瞬【写真:竹村岳】

 同級生の中でも、アマチュア時代から実績があった野村大は1年目から1軍で安打を記録する。中村宣は2軍というよりは3軍で実戦機会を積むことが多く、水谷と渡邉陸の2人は、同じ時間を過ごすことが自然と増えていった。「ヨーイドンでプロに入ってきて、2軍の試合も同じように出て、3年目は一緒にエキシビションマッチにも行った。次1軍を目指そうかと、同じような立場にいた。立ち位置というか。近い存在だと感じていました」。日本ハムへの移籍が決まった今、振り返ってみても渡邉陸とは切磋琢磨してきたつもりだ。

 3年目の秋、筑後市内の「若鷹寮」を退寮する時も同じだった。宮崎にいた2人は、球団の人間から退寮するか、残るかの選択を迫られる。期限までの時間もほぼなかったため、水谷も「出るか? みたいな話をされて。試合前練習中にされて、ノック終わるまでに決めてくれって言われて、親と話す時間もなかったです」と明かす。「陸と『どうする?』って話をして、ざっくり1時間くらいで決めた」と、今だから笑える話だ。遠征先で一緒に食事をした回数は数え切れない。ともに笑い、ともに泣いてきた。そんな5年間だった。

 お互いに、今季は1軍出場なし。水谷はウエスタン・リーグで83試合に出場して打率.259、4本塁打、35打点と着実に成長を遂げようとしているところで移籍の一報が届いた。これから、グラウンドでは敵同士となる。苦楽を共にしてきた渡邉陸というプロ野球選手は、水谷にとってどんな存在なのか。

「もちろん、リスペクトしています。やっぱり、同級生としてやっているけど、一番最初から知っている。一番多くの時間を過ごしたんじゃないかなって。お互いに、リハビリにいた時もありましたし。年数が上がっても、陸と2人で2軍にいる時間も多かった。長い時間を過ごしてきたんですけど『あいつこんなプレーできるんや』とか。知らんかったって気持ちが湧く部分があるので、選手としてもリスペクトしています」

「ありきたりかもしれないけど、良き友であり、良きライバル。切磋琢磨できる間柄ですね。そこまではどちらかというと、他の年代の選手やとチームメートとか野球選手って見方をするんですけど、同級生ですから。チームメートというよりも友達という感覚。そういう目線の中で時々見せる、プロの顔というか。そういう一面は僕も見習わないといけないと思っています」

 チームが変わっても、大切な存在であることは何も変わらない。だからこそ、次に会うのは必ず、チームの勝敗を背負った1軍のグラウンドだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)