清原&桑田を差し置き…主将就任で「辞退したい」 まとまらない個性派、貫いた不言実行

ソフトバンク・松山秀明内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・松山秀明内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】

ソフトバンク・松山秀明内野守備走塁コーチが振り返るPL学園高時代

 ソフトバンクの松山秀明内野守備走塁コーチは大阪・PL学園高時代、清原和博(元西武など)や桑田真澄投手(巨人ファーム総監督)らの同級生で、3年時に主将を務めた。高校野球界を席巻したKKコンビを筆頭に、個性派ばかりだった世代。チームをまとめる苦労は当然あった。

 2年の春に初のベンチ入り。「そんなに上手くもないし、2年生の時はまだ補欠だった」。チームは2年夏の甲子園で準優勝に終わった。大阪・富田林のグラウンドに帰ってくると、1年生と2年生が集められた。その場で伝えられたのは、“総選挙”でのキャプテン選出だった。

「3年生の夏が終わった後に全員が集まって、投票したのを覚えています。その結果は教えてもらえなかったんですけど、その後に監督からの発表で『キャプテンはお前』って」

“KKコンビ”を擁する中での主将就任…胸中は「辞退できるなら辞退したい」

 清原でも桑田でもなく、自分が選ばれた。胸中は穏やかではない。「できることなら受けたくない。辞退できるなら辞退したいですよ」。当たり前のように優勝が期待されるだけではなく、実力もプライドも群を抜いた選手たちをまとめないといけない。もちろん、受諾するしか選択肢はなかった。

 我の強い選手たちが集まれば、時には衝突も避けられない。どうやって集団をまとめるか……。導き出した答えは「まとめない」だった。

「まとまらないので。あまりキャプテンだからといって上からものを言うと喧嘩になるし、それぞれがプライドも高かったので。先頭を走って、背中で何かを語るしかないというようなリーダーシップをやりましたけどね。有言実行ではなくて、不言実行の方でリーダーシップを執る選択肢しかなかったです」

「水飲むな」の時代…今思えば「面白かった」というエピソード

 部内には厳しい上下関係が存在し、まだまだ「水を飲むな」と言われる時代。当時のPL学園でも当然の決まり事だった。「面白かったですよ」と振り返るのは、今だから笑える夏の思い出だ。

「僕が3年生の夏に初めてポカリスエットが出て。ポカリスエットをいっぱいクーラーボックスに入れて甲子園に行ったら(その試合の)2回でなくなったんです。全部飲んでしまって、お腹がぽちゃぽちゃになってね。水が飲めるということに慣れていなさすぎて、嬉しすぎて、全部飲んじゃうんですよ」

 水分補給を禁止されていたからこそ、起きた“反動”。「今の子だったらそんなことないですよね」。厳しさも、優勝という栄光も、こんな小さな思い出も、全力で3年間を駆け抜けたからこそ、今も胸に残っている。

(竹村岳 / Gaku Takemura)