人生を変えた戦力外 通達はホークスキャンプ地…古川侑利がスマホ握り締め待った電話

ソフトバンク・古川侑利【写真:竹村岳】
ソフトバンク・古川侑利【写真:竹村岳】

9回に登板して1回無失点…「三振も取れるんだぞって少しは見せられた」

 少ないチャンスに、しっかりと結果で応えた。5-9で敗れた本拠地・PayPayドームでのロッテ戦、9回に登板したソフトバンクの古川侑利投手は1回を無失点に抑えた。1軍のマウンドは3日のオリックス戦(同)以来で「(結果を出したい思いは)もちろん強かったです。三振は2つ取れたので、三振も取れるんだぞっていうところは少しでも見せられたんじゃないかなと思います」と手を握りしめた。

 先頭の平沢をフォークで空振り三振。続く池田も内角への150キロで見逃し三振とアウトを重ねた。藤岡には右中間への二塁打を浴びたが、最後は小川を一ゴロに仕留めた。「3人で終わりたかったですけど。ちょっと真っ直ぐが悪く入ってしまった。良い場面で投げるには、詰めていかないといけない課題」と振り返ったが、限られたチャンスで結果を出したことに価値があった。

 ドラフト指名も、トレードも、戦力外通告も、育成契約も、支配下昇格も、現役ドラフトも経験した。27歳にして、すでに4球団を渡り歩く苦労人。自分自身のキャリアについて「なかなかいないですよね、この年にして」と少し自虐的に笑う。

 2013年のドラフト4位で有田工高(佐賀)から楽天に入団。2018年には18試合に登板したが、2019年7月にトレードで巨人へ移籍した。2021年が1試合登板に終わると、戦力外通告を受けた。「みやざきフェニックス・リーグ」に参加していた時で「球団の副代表が来ていて。『誰か呼ばれるぞ』って感じで、呼ばれたのが僕でした。それこそ(ホークスのキャンプ地の)アイビースタジアムでした」と、具体的に当時を回想する。

「戦力外」とは何度聞いてもセンセーショナルな響きだ。結果が全てのプロの世界ではあるが、そこでの思いは経験したものにしかわからない。「遅かれ早かれ(戦力外が)来ることはわかっていたんですけど、いざ来てみると『来てしまったか……どうしよう……』ってなりました」。ある程度の予感はしていたものの、ショックは隠せなかった。独立リーグに行ってでも現役は続けるつもりだったが、NPBでの道は断たれる寸前まで追い込まれた。

 同年オフにベルーナドームで行われた12球団合同トライアウトに参加。視察に訪れた日本ハムの新庄剛志監督の目にとまり、結果的に育成での契約を勝ち取った。球団から契約意志が通知されるのは、一般的にトライアウト開催終了後から5日以内とされる。都内の自宅で「ずっと両手でケータイを握りしめていました」。真っ黒な画面を見つめ、祈るように吉報を待っていた。

 電話が鳴ったのは、トライアウトの翌日だった。知らない番号からの電話で、相手の第一声は「もしもし、日本ハムの……」。日本ハムのスカウトからの連絡を受けて新天地が決まり、愛妻と喜びを爆発させた。その瞬間の心境は「『うわ!』ってなりました。今でも鳥肌が立ちます」。トライアウトに参加した33選手で、NPB球団との契約を勝ち取ったのは古川だけだった。

 戦力外通告を経験して崖っぷちに立たされたからこそ、古川の中で明確に変わった意識がある。プロ野球選手として過ごせる瞬間ははかなく、尊いということだ。

「もちろん、野球をする中で何事にも全力でやっていたんですけど、戦力外を味わうことで、練習にしろトレーニングにしろ、もっと考えるようになりました。ただ、一生懸命にやるんじゃなくて、すごく考えるようになりましたし、悔いなくって考えられるようになりました。1軍で去年も投げさせてもらえて『まだ立てているんだ』っていう喜びと感謝を噛み締めながら、やっています」

 この日で5月は2度目の登板。2軍での調整登板はあったものの、1軍だけで言えばなんと“中24日”だった。ただ、間隔が空いたことにも「そこはちゃんと調整してきているので、緩すぎるとかもなく投げられました」とキッパリ。1軍のマウンドに立てることに心から感謝しているから、古川侑利の1球1球は尊い。

(竹村岳 / Gaku Takemura)