深夜1時までバント練習したことも…野村大樹の背中を押した長谷川勇也コーチの“失敗”

ソフトバンク・長谷川勇也コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・長谷川勇也コーチ【写真:藤浦一都】

20日の西武戦で野村大樹がサインミス…長谷川コーチがかけた言葉とは

 何度も失敗を乗り越えてきた。悔しくて、不安で家路につけないほどの夜だって経験した。21日に本拠地PayPayドームで行われた西武戦に3-1で勝利したソフトバンク。前日に痛恨のサインミスを犯した野村大樹内野手は先制点に絡む働きを見せた。その野村大に試合前に声をかけていたのが長谷川勇也打撃コーチだった。

 20日の同戦、7回無死一塁で打席には野村大。ベンチはバントのサインを出したが「僕の見間違い」でバスターをしてしまい、二ゴロ併殺に終わった。チームも0-1で敗れた。痛恨の失敗から一夜明けた21日、首脳陣は「6番・一塁」で再びスタメンを託した。2回無死で相手先発の隅田に対して10球粘って四球をもぎ取った。野村大は試合後、長谷川コーチからかけられた言葉を明かした。

「練習中に『今日も頭だからな』って。いろんな人に声をかけてもらって、特にハセさんからは『いつも気合を入れているのはわかっているけど、いつも以上に食らいついていけよ』って。さっき試合後に『1打席目、食らいついていたの、すごく良かったぞ。ああいう姿勢を忘れないようにやっていきな』と言われました」

 ミスをしても、時間を巻き戻すことはできない。気持ちを新たにミスを取り返すだけの働きを見せるしかない。長谷川コーチは「それくらいの気持ちがないと無理でしょう。過去にとらわれて、今日のプレーが後ろ向きになるのは一番やってはいけないこと」と語る。野村大に全力のパフォーマンスを発揮してほしいから背中を押した。

 長谷川コーチ自身だって、何度も経験してきた失敗の“翌日”。「朝起きる時点から嫌ですよ。球場に来るのが嫌。それくらいの失敗もたくさんした。でも、グラウンドに来たらもう逃げることはできないから」。戦う覚悟が決まる瞬間も「腹が据わることはないけど、無理矢理に据えにいく感じ」と不安に抗った。切り替えるのではなく、ミスしてしまったことを自分の中でも強烈に意識してグラウンドに立つのが流儀だった。

 通算1108安打を放ち、2013年のシーズン198安打は今も球団記録として残っている。栄光も挫折も味わった現役時代。印象に残っている失敗を聞くと、こう即答した。

「日本シリーズでバント失敗したことです」

 2011年、3勝2敗で迎えた中日との日本シリーズ第6戦。1点を追う8回無死一塁で、長谷川コーチの犠打は捕飛となり、そのままチームは敗れた。試合後は「夜中の1時くらいまでバント練習しました。やるしかないし、不安だから。不安のまま帰れないから」。

 18時17分に始まり、試合時間は3時間7分。ゲームセットこそ21時半ごろだったが、不安と悔しさが自分を突き動かし、何時間もバットを寝かせて、白球と向き合った。

 この話にはまだ続きがある。

「次の日、同じケースで『打て』のサインが出て、打ったもん。(秋山)監督がどういう気持ちでサインを出したのかわからないし、僕は100%バントだと思ったけど。監督は多分バントが無理だと諦めたんだと思うけど、僕のとらえ方としては打たせてくれたというか」

 そう語る表情は懐かしそうで、少し誇らしげだった。翌日の第7戦、3回無死一塁で長谷川コーチは二塁打を放ち、先制点につながった。「“いったれ”って感じで打ちましたけどね」。これもミスしたことを真正面から受け止めたから出せた結果。グラウンドに立ってしまえば、逃げ場はない。どんな不安な気持ちも、自分の強さで乗り越えていくしかないのだ。

「今でこそ偉そうなことを言っていますけど、みんな何か失敗していますから。何かやらかしていますから」。ユニホームを脱いだ今だから、現役時代のことを冷静に振り返ることができる。毎日のように起こる成功と失敗。何度も自分に打ち勝っていくから、プロ野球選手はカッコいい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)