親族3人が相次ぎ他界、心耐えられず…鷹ドラ3の甲斐生海、背水でつかんだプロの舞台

ソフトバンクから3位指名を受けた東北福祉大・甲斐生海(中央)【写真:高橋昌江】
ソフトバンクから3位指名を受けた東北福祉大・甲斐生海(中央)【写真:高橋昌江】

指名挨拶受けて決意新た「長距離砲としてしっかりと活躍できるように」

 先月20日のドラフト会議で、ソフトバンクから3位指名を受けた東北福祉大の甲斐生海外野手。11月1日、球団の福山龍太郎アマスカウトチーフと担当の作山和英アマスカウトチーフ補佐から指名挨拶を受け、「うちの柳田悠岐選手のように」と“ギータ2世”としての期待をかけられた。脅威の長打力を誇る左打者は自覚十分。「長距離砲としてしっかりと活躍できるように頑張りたい」と、本塁打王を目標に掲げる。

 学長室で指名挨拶を受け、福山チーフから「持ち味の長打力を存分に発揮してほしい」と声をかけられると、甲斐の表情が和らいだ。仙台六大学のリーグ戦では通算27試合の出場ながら、6本塁打を放った将来の大砲候補。身長184センチ、体重95キロの大型スラッガーは評価を聞き、「長距離砲としてしっかりと活躍できるように頑張りたい」と意気込んだ。

 福岡県出身で、九州国際大付高から仙台市の東北福祉大に進学。ソフトバンクの試合には「小学生の頃によく行っていた」と言い、平成唯一の3冠王である松中信彦氏に憧れを抱きながら打力を磨いてきた。北九州市立霧丘中時代は両翼90メートル以上の野球場で軟式球を「2回くらい」柵越えさせたこともあったという。

 高校通算36本塁打を放った打力が買われ、大学では1年春からリーグ戦に出場した。しかし、2年生に上がるまでに親族を3人、亡くした。冬には父・和美さんが他界。福岡に帰り、仙台に戻るたびに「頑張ろう」と思ったが、相次ぐ不幸に19歳の心は耐えられなかった。「野球をやり始めると……」と気持ちが沈み、練習に参加できなかった。

 2、3年時はベンチ外を経験したが、チームメートや指導者陣は待っていてくれた。「プロになれなければ野球は辞める」。背水の覚悟で臨んだ大学ラストイヤー。春のリーグ戦では第2節から右翼や一塁のスタメンで出場し、最終節の仙台大2回戦では逆転の決勝2ランを放つなどして優勝に貢献した。夏からヤクルト・村上宗隆内野手のどっしりした構えや逆方向に飛ばす手の使い方などを参考にし、4番に座った秋のリーグ戦では打率.405をマーク。最多本塁打賞(3本)と最多打点賞(16打点)で2冠に輝き、ベストナイン(一塁手)を獲得した。

 金本知憲氏ら多くのプロ野球選手を輩出するみちのくの名門でも歴代No.1の飛距離を誇る。甲斐が「一番飛んだ」と話すのが、今秋リーグ戦の東北大戦でライトスタンド奥の斜面に放った一発。東北福祉大の歴史を知る関係者たちが「今まで見たことがない」という脅威の飛距離を計測した。東北福祉大で金本氏と同級生だった担当の作山スカウトもその一撃を目にしており、「金本でもあそこまでは飛ばなかったと思う」と驚いた。

 その才能が出身地の球団から高評価を得た。「飛距離を出せるのは魅力。長打力はホークスの中でもトップクラスに位置する」と福山チーフ。コンタクト能力も評価しており、「うちの柳田悠岐選手のような飛距離と高打率を残せる選手になると思う。目指してほしい」と期待を寄せる。“ギータ2世”に向け、甲斐自身も「すごい選手なので話を聞いてみたい」と目を輝かせる。

 生海と書いて、「いくみ」と読む名前は両親が「海のように大きく生きる」との願いを込めて付けてくれたという。ソフトバンクには同性の甲斐拓也捕手がおり、登録名は「いくみ」となる可能性が高い。目標とする選手は九州が生んだ令和の3冠王・村上。「3冠王? 自分は無理だと思う」と遠慮気味だったが、「ホームラン王を目指したい」とアーチにはこだわりをのぞかせた。そのプライドはスケールの大きな打者となる未来につながっている。

(高橋昌江 / Masae Takahashi)