オスナから「人生はたった1回だ」 桜の下で救われた瞬間…“兄弟”に手渡した2枚の手紙

  • 記者:竹村岳
    2026.04.15
  • 1軍
ロベルト・オスナと会話する竹村岳記者【写真:栗木一考】
ロベルト・オスナと会話する竹村岳記者【写真:栗木一考】

オスナからお願い「桜を見に行きたいんだ」

 ソフトバンクは14日、ロベルト・オスナ投手と契約面で新たに「合意した」と発表した。同日、今季初めて出場選手登録された右腕に対し、三笠杉彦GMは広報を通じて「起用方針について、双方合意しました」とコメント。4年契約の3年目を迎えた31歳にとっても、“新たなスタート”になったのは間違いない。

 一時は退団の可能性も浮上していた右腕の残留に胸をなでおろしたのはファンだけではない。筆者自身も固唾を飲む思いで動向を見守ってきた。オスナに2度、「救われた」経験があるからだ。空港で手渡した2枚の手紙と、固く交わした握手。忘れられない言葉は「人生は、たった1回だから」――。

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 1995年2月生まれのオスナはホークスの中で唯一の同学年で、筆者のことを「タケ」と呼んでくれている。突然の連絡をもらったのは、ちょうど1年前。2025年シーズンが開幕したばかりの4月上旬だった。「桜を見に行きたいんだ」。心から日本文化を愛する右腕から、妻子との写真を撮ってほしいというお願いだった。チームが遠征から帰ってきたばかりの月曜日。右腕は疲れも残っていたはずだが、笑顔で家族との時間を楽しんでいた。

 オスナファミリーの写真を撮る。重大な“ミッション”を任されたが、筆者の心はついてこなかった。当時、仕事におけるミスが続き、味わったことがないほどひどく落ち込んでいた。選手と顔を合わせるのも気が重いほどの状況だった。戸惑いを隠しながらシャッターを切り続けた2時間。終わってみれば、気持ちは自然と前を向いていた。嬉しかったオスナの“誘い”に、正面から感謝を告げた。「あなたの気持ちに救われたんだ」。すると、右腕はスマートフォンの画面を見せてきた。日本語訳されたその言葉に、胸を打たれた。

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続きの内容は

桜の下で救われたのは筆者だった。オスナが説いたプロの「矜持」
空港での別れと「2枚の手紙」。憔悴しきった守護神が握った右手の力
取材を拒まない男が見せた言葉を濁した瞬間。契約の取材に関する裏側

「俺はプロだからマウンドに立ち続けるしかない」

「人生はたった1回。俺も落ち込むことはあるけど、プロだからマウンドに立ち続けるしかない。重圧を乗り越えていくしかない。だからタケも頑張れ」

 身長188センチの体格を誇るオスナだ。花見をしていると、自然とファンに気付かれる。サインや写真撮影を何度も頼まれ、そのすべてに気兼ねなく応じていた。あくまでもプライベート。シーズンを戦う選手にとって、貴重な休日だ。「自分が間に入ろうか?」。筆者がそう尋ねると「いや、いいんだ。ファンとのこういう時間も、自分にとっては大切なことだ」。ニッコリと微笑んだ表情に、右腕が抱くプロとしての「矜持」を感じ取った。

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 4年契約の1年目だった2024年は、防御率3.76と期待に応えられずに終わった。春季キャンプから腰痛に悩まされ、7月5日には登録を抹消された。球場に姿を見せなくなったオスナ。首脳陣を取材しても復帰時期は不透明だった。声を聞きたい――。その思いで右腕の自宅を訪れたのが7月25日。インターホンを鳴らして門をくぐると、オスナはベッドに横たわり、上半身が裸の状態で電気治療を受けていた。動けもしない守護神の姿はあまりにもショッキングだった。これまでに見たことがないほど、憔悴した表情が忘れられない。

2024年8月、ロベルト・オスナに手渡した手紙【写真:竹村岳】
2024年8月、ロベルト・オスナに手渡した手紙【写真:竹村岳】

2024年8月に治療を受けるため渡米…空港で渡した2枚の手紙

 その場で、右腕の身に起きていることをすべて教えてもらった。8月に日本を離れ、米国で治療を受けること。7月3日の登板後にチーム宿舎で腰の痛みから立ち上がることすらできなかったこと。その後はまともに眠れずに、横になっても1時間おきに目が覚めたこと。夜も更けた午後10時ごろ。帰り際に絞り出すような声で伝えてくれたのは「ありがとう、兄弟」――。元気を出してもらうつもりが、こんなにも嬉しい言葉をもらった。心配していた分だけ、また自分が救われたような気持ちにもなった。

 治療を受けるため、渡米したのが8月2日だった。福岡空港まで見送りに行った筆者はオスナに手紙を書いた。英語で記した2枚の紙に、思いの丈をすべて乗せた。「親愛なる私の兄弟、ロベルト・オスナへ」――。手渡した封筒を無言でバッグに入れ、オスナは強く右手を握ってきた。その手の厚みと力強さは、記者として得た大切な宝物だったように思う。

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 今シーズンは2月に来日して以降、体調面も問題なく調整を送ってきた。契約の問題が明るみに出たのは、3月26日。起用方針を巡って開幕1軍から外れることが決まり、すぐさま右腕に話を聞いた。普段は丁寧に取材に応じ、力強いコメントを残すオスナだが、この時だけは言葉を濁した。「チームと、自分との約束があるから話すことはできない」。代理人との信頼は、固い守秘義務のうえに成り立っている。質問や聞き方を変えても、核心をつくような“答え”は教えてくれなかった。

「ああ、これは本当に話せないことなんだ」。オスナもまた、組織と個人の間で生きる1人のプロ野球選手だ。問題がデリケートであることを感じ取ると同時に、こうも思った。本当に、ホークスを去る可能性があるのか――。心の準備だけはしておかないといけなかった。筆者にとっても、落ち着かない思いで続報を見守った2週間。少しずつ契約がまとまりそうだというのは聞いていたが、実際に発表を耳にして、ようやく安心できた。

 チーム残留を意味する1軍登録。オスナも自身の状況が落ち着いたことで、ようやくチームのために全力を尽くすことができる。「戻ってこられて率直に嬉しいです。いつ呼ばれてもいいような準備はしてきたので。チームメートと一緒に、また優勝を目指して頑張っていきたいと思います」。右腕は何一つ、諦めて生きていくつもりはない。救ってくれた恩人への感謝を胸に、これからもオスナの姿を追いかけていきたい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)