“壁紙”は牧原大成…広瀬結煌の野球人生 責任を背負った敗戦、高3夏「僕のせいで負けた」

  • 記者:竹村岳
    2026.01.31
  • 1軍
広瀬結煌(右)とスマートフォンの壁紙【写真:竹村岳】
広瀬結煌(右)とスマートフォンの壁紙【写真:竹村岳】

「育成は失うものがない。前進あるのみ」

“壁紙”に設定している憧れの先輩のように、自分自身も這い上がりたい。2024年ドラフトの育成4位で入団した広瀬結煌内野手がルーキーイヤーを終えた。野球を辞めようと思った出来事や奮起した父親の言葉、そして「自分のせい」で終わった青春――。これまでの野球人生を振り返った。

 千葉県で生まれ育ち、市立松戸高時代は甲子園出場経験はなし。プロ1年目だった昨季は、非公式戦で92試合に出場。ウエスタン・リーグでも初安打を放つなど、着実に経験を積んだ1年間となった。「守備が評価されてこの世界に入った。最初は上手くいかなくて、プレッシャーというか……。自分の中でもわからなくなっていたんですけど、(シーズン)最後の方はやってきたことが成果として出せたと思います」と胸を張った。

 2007年2月生まれ。まだ18歳の初々しい若鷹は、スマートフォンの待ち受け画面に牧原大成内野手の姿を設定している。「育成は失うものがない。前進あるのみ」。育成ドラフト出身の選手として初の首位打者を獲得するなど、道を切り開いてきた背番号8。なぜ偉大な先輩を壁紙にしているのか。その真意を明かした。

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この先で分かる3つのこと

・育成の先輩・牧原大成の壁紙に込められた「無言のメッセージ」
・中学で野球を辞めたい…広瀬を救った「父親の言葉」
・高3夏、今も悔やむ「あの1打席」。走れなかった“真実の理由”

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(竹村岳 / Gaku Takemura)