「育成は失うものがない。前進あるのみ」
“壁紙”に設定している憧れの先輩のように、自分自身も這い上がりたい。2024年ドラフトの育成4位で入団した広瀬煌結内野手がルーキーイヤーを終えた。野球を辞めようと思った出来事や奮起した父親の言葉、そして「自分のせい」で終わった青春――。これまでの野球人生を振り返った。
千葉県で生まれ育ち、市立松戸高時代は甲子園出場経験はなし。プロ1年目だった昨季は、非公式戦で92試合に出場。ウエスタン・リーグでも初安打を放つなど、着実に経験を積んだ1年間となった。「守備が評価されてこの世界に入った。最初は上手くいかなくて、プレッシャーというか……。自分の中でもわからなくなっていたんですけど、(シーズン)最後の方はやってきたことが成果として出せたと思います」と胸を張った。
2007年2月生まれ。まだ18歳の初々しい若鷹は、スマートフォンの待ち受け画面に牧原大成内野手の姿を設定している。「育成は失うものがない。前進あるのみ」。育成ドラフト出身の選手として初の首位打者を獲得するなど、道を切り開いてきた背番号8。なぜ偉大な先輩を壁紙にしているのか。その真意を明かした。
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続きの内容は
・育成の先輩・牧原大成の壁紙に込められた「無言のメッセージ」
・中学で野球を辞めたい…広瀬を救った「父親の言葉」
・高3夏、今も悔やむ「あの1打席」。走れなかった“真実の理由”
野球を始めたきっかけは幼稚園の先生
「支配下の選手も、自分のエラーや凡退でチームが負けてしまうこともある。優勝という大きなところに影響を与えると思うんですけど、育成は2軍の試合までしか出られないので。失うものがないからこそ危険を恐れてはいけないですし、『挑戦していけ』というメッセージかなと。僕自身も頑張ろうと思えたので、この1枚にしました」
本人との面識はないが、背番号8の経歴までしっかりと頭に入っている。「2年目に支配下になられて、それがもうすごすぎますよね。その年代だと千賀(滉大)さんや甲斐(拓也)さんもいますし。調べたのは、『どうやったら近づけるかな』と思っているからです」。憧れの気持ちが行動を変えてくれる。常々、牧原大も「もっと練習した方がいい」と若鷹にエールを送り続けてきた。貴重な言葉を自らにも言い聞かせ、飛躍のきっかけを探している。
野球を始めたのは、小学校1年生の時だった。きっかけは幼稚園の先生から「野球をやらないか」と誘われたこと。「姉と妹がいるんですけど、どっちもバスケットボールをやっていた。僕も、誰でも参加できるバスケの練習会みたいなのは行ったんですけど、野球を選びました」。記憶に刻まれているのは、東京ドームで見た光景。自分1人で電車に乗り、伝統ある球場まで足を運んだ。
「まだ小学校の小さい頃だったと思うんですけど、お父さんが仕事の帰りにそのままドームにきてくれる感じだったんです。だから最寄り駅までお母さんが送ってくれて、一人で乗って行った記憶があります。合っているのかわからなくて、不安になって途中で電話で確認したり……。でも、ドームの中まで入った時は『うわ、デカい!』と感じましたし、こんな大勢の前でスポーツできるのは最高だなと思いました」
中学時代は控え…申し訳なさから「野球を辞めたい」
中学に上がり、加入した流山ボーイズ時代はまだまだ体も細く、控えに甘んじていた。「全国や関東大会に出るようなチームだったので、公式戦は3年間で1試合くらいしか出ていないです」。ベンチにいる時間は、とにかく長かった。家族に対する申し訳なさから、何度も野球を辞めようと思った。練習からの帰り道、車中で父親が気を遣ってかけてくれた言葉に背中を押された。「お前はまだまだここから伸びるはず。頑張っていれば必ずいいことはある」――。
「練習する場所までも近くなかったし、毎週送り迎えもしてもらってお金もかかるわけじゃないですか。『自分、何やっているんだろうな』って、結果を出せない申し訳なさはありました。でも、(心の)どこかでは辞められないとも思っていました。父親の存在もありましたし、頑張らなきゃなという気持ちでいたと思います」
高校の進路先に選んだのが、市立松戸高だった。「ちょっとでも(プロ入りできる)可能性があるなら、強いところにいきたいと思っていたので。野球への熱意や知識の多さ、ボーイズの監督の関わりもあって、ここなら上手くなれると思いました」。誰しもが厳しい練習を経験する冬。徹底的に守備に磨きをかけた。「僕が(高校に)入る前、ホークスに瀧本将生さんという先輩がいました。その関係か、スカウトの方が来てくれて『いい評価だから、引退した後も頑張りなさい』みたいに言われて」。無名の存在から、ようやくプロに注目されるまでに成長した。
しかし、高3の夏に迎えた最後の県大会は3回戦で敗退。「自分のプレーに隙があって負けたので。自分のせいです」。自身は4打数1安打だったが、その1本が左翼を越えていく打球だった。「ポール際だったんですけど、僕はファウルだと思って走らなくて、二塁までいけなかったんです。今までいろんな負け方をしてきましたけど、『最後がこれか……』と。今でも申し訳ない気持ちはあります」。青春に幕をおろした瞬間。プロの世界で活躍することで、かつての同僚たちの思いに少しでも応えたい。
「プロの生活はもちろんですけど、実戦経験もたくさん積ませてもらいました。体作りがメインになるかなと思っていましたけど、想像以上に濃いシーズンを過ごせたと思います」。競争が激しい二遊間。持ち前の守備を生かして、狭き門を必ず突破してみせる。
(竹村岳 / Gaku Takemura)