社会人4年目…ドラフト指名なければ「辞めるつもりだった」
鷹フルは、今季限りで現役を引退した森唯斗投手をインタビューしました。全5回にわたって、12年間の現役生活を振り返っていきます。第1回のテーマは大型契約の舞台裏、そして忘れられない“1セーブ”を語りました。あまりの重圧に震えた足。キャリアを積み重ねてきたからこそ感じる「しびれましたね」という言葉の真意や、守護神の継承者・杉山一樹投手から感じた変化についても言及しました。
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ユニホームを脱いだ鉄腕の表情は、清々しかった。「正直、プロになれるとも思っていなかったので。右も左もわからない中でホークスに入ってきた。突っ走ろうと思っていたらここまで来られたし、何も恐れずにやってやろうと思っていましたね」。通算486試合に登板して127セーブ、106ホールドを記録。ホークスでは初となる「100セーブ&100ホールド」を達成した。
まだアマチュアだった三菱自動車倉敷オーシャンズの3年目には指名漏れを経験。ドラフト指名を受ける2013年は、自分の中でも“勝負の年”という位置づけだった。徳島の実家では、父親が漁師業を営んでいる。「(2013年は)社会人4年目でしたし、家のことも考えないといけないですから。指名されなかったら正直、野球を辞めるつもりでしたね」。2位という好順位でホークス入りを果たした。鉄腕の“物語”が始まった瞬間だ。
その後は中継ぎ、抑えとして活躍を続け、2018年にはセーブ王のタイトルを獲得。2億8000万円で契約を更改し、2019年が始まった。35セーブを挙げ日本一に貢献し、迎えた同年のオフ。「4年、18億円超」という大型契約を結んだ。森にとって、1つの“夢”が叶った出来事でもあった。
当時6年目…FAに現実味も「福岡が好きなので」
「中継ぎも評価されていたとは思いますけど、あんな大きな契約をいただくことはなかなかないと思うので。これから中継ぎ、抑えをする人たちに、多少なりとも夢を与えられたのかなと思います。1人の野球選手として、よかったのかなと思いますね」
ルーキーイヤーから50試合以上の登板を続け、2019年が6年目。本人は「僕はこの地に育てられた。福岡も好きでしたし、(移籍は)あんまり考えていなかった」というが、FA権取得も現実味を帯びてきた時期だった。下交渉で見た年数と、4億6000万という金額には「いやあ、しびれましたね。こんなにも大型のものを用意してもらえて驚きましたし、素直に嬉しかったです」。鳥肌が立つような感覚を鮮明に覚えている。
2023年オフ、ホークスから告げられたのは4億6000万円からの減俸ではなく、まさかの構想外通告。勝負の世界であることは誰よりも理解しているだけに「仕方ないですよ。もらいすぎていましたから」と苦笑いで振り返った。心残りだったのは、小久保裕紀監督のもとでプレーがしたかったこと。翌2024年から1軍の指揮を執ることになっていたが、通告を受け入れるしかなかった。「あの時は、まだできるという思いがあったので。僕もプロですから、戦力にならないと切られるのは当然。それがあのタイミングだったんだと思います」。
広島との日本シリーズ第6戦、ブルペンで「足が震えた」
ホークスで過ごした10年間では、自らの立場だけではなく、中継ぎ投手の価値も高めてみせた。通算127セーブを挙げた中、脳裏に焼き付いているのは2018年。広島との日本シリーズだ。3勝1敗1分けで迎えた第6戦、2点リードの9回にマウンドへと向かった。慣れ親しんだはずのセーブシチュエーションだが、まさかの感覚が森の身を襲う。「地に足がつかないっていうのは初めてでしたね」。どんな時も強気を貫いてきた右腕が、計り知れないほどの重圧を感じていた。
「ブルペンで準備するじゃないですか。その時から『ちょっと体動かんな』っていうのは感じていましたし、肩を作っていてもなんか足が震えるなって。当然7回とか8回で投げていた時も緊張感はあったんですけど、日本一を決めるっていうのは全然違いましたね。3者凡退だけど、ギリギリでした」
“日本一を決めるマウンド”とは特別な瞬間である一方で、タイミングにも左右される。今年の日本シリーズ第5戦では杉山一樹投手が9回から登板。2イニングを無失点に抑えたが、決着がついたのは延長11回で、胴上げ投手となったのは松本裕樹投手だった。もちろんチームの勝利が最優先だが、頂点に立つ歓喜こそ自分が味わいたい――。「ああいうことがあるのも野球じゃないですか。そのマウンドにいられるのは、12球団でその年に1人しかいないわけですから」と熱く語った。
杉山一樹の表情が「変わりましたよね」
今季セーブ王のタイトルを獲得した杉山も経験を重ねるにつれて「僕が9回をやりたい」と口にするようになった。その姿を見ていた森も「(抑えになってから)表情が変わりましたよね。あんなガッツポーズをするところを見たことがなかったし、自然と出るのはすごくいいことだと思います」と頷く。試合を締めくくる快感を知ってしまったら、もう誰にも渡したくない。全てを背負うのは、守護神にだけ許された“特権”だ。
「自分がゲームを終わらせられるのが一番ですね。他の投手や野手が積み上げてきたものを背負うわけだし、自分のピッチングに左右される。もちろんプレッシャーはありますけど、あんな楽しいポジションはないと思います。彼(杉山)も来年頑張らないといけないと思うし、これからどうなるかは僕も気にして見ています」。現役引退から2か月半。そう語る時だけは、表情が“勝負師”に戻っていた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)