10月27日に球団から構想外「整理がついていない」
戦力構想外という現実を受け止めて、1週間以上が経った。喜びも挫折も味わった、激動のプロ1年目。現在の胸中を明かしたのは、川口冬弥投手だ。
チームが日本シリーズを戦っていた10月27日、球団は育成も含めた8選手に対して来季の契約を結ばない旨を通達した。そのうちの1人だった川口は昨年の育成ドラフト6位で指名され、今年の6月に支配下登録を勝ち取った。1軍では5試合に登板して無失点も、7月18日に登録抹消。ウエスタン・リーグでは防御率0.76と圧倒的な結果を残したが、シーズン終了まで1軍に復帰することはできなかった。
球団からは育成での再契約を提示された。来季の構想外であることを告げられた直後は「自分にどういう選択肢があるのか、整理がついていない。こういう状態(腰痛でリハビリ中)で、打診をしてもらったことに感謝です」と語っていた。少し時間が経った今、口にしたのは清々しい思いだった。
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続きの内容は
・恩師が明かす、川口投手の「真の姿」
・同期だけが知る、川口投手の「秘密のサイン」
・育成再契約へ、川口投手の「最終決断」
千葉にまで会いに行った恩師…ふいに言われた褒め言葉
「やっぱり振り返ってみても、後悔はしていないんです。腰のこともありますけど、じゃあケアをせずに遊びに出かけていたかと言ったら、そんなことはしていなかったので。できることはやってきたのかなと思っています」
腰痛を発症して、落ちているものを拾えない時期もあった。体が“悲鳴”を上げていることを自覚しながらも、マウンドに立つことを諦めなかった。厳しい立場であることを、自分が一番理解していたからだ。1999年世代のオールドルーキー。春季キャンプからアピールするために飛ばし続け、必死に腕を振った。全てを野球に注いだ1年間に、後悔などあるはずがない。
シーズン中、何度か千葉まで足を運んだことがある。社会人野球のクラブチーム・ハナマウイ時代にお世話になった中山慎太郎氏に会うためだ。今の自分がどんな状態なのか、包み隠さず話していた。「中山さんにも言われたことがあります。『お前がここで逃げ出すようなやつだったら、絶対にここまで来られていない』って」。自分なりに工夫を凝らしながらマウンドに立っていた時期の出来事。大好きな恩師からいきなり贈られた“褒め言葉”に、胸が熱くなったのを覚えている。
同期入団の大友宗だけが知る“サイン”
右腕が貫いた徹底的な生活を、横目で見ていたのが同期入団の大友宗捕手だった。1999年生まれの同学年で、大学から社会人、独立リーグへと進んだ経歴まで同じ。「野球に取り組む姿勢だとか、やることはやっている印象ですね。普段はあんな感じですけど、ちゃんとした話をしていると、あいつは自分の言葉で返してくるんです」。日常からどれだけ野球のことを考えているのか――。スラスラと出てくる言葉に、そんなストイックさが滲んでいることはわかっていた。
「若鷹寮」の部屋も隣同士。川口が寮内で使用するスリッパは、部屋の外に置いてあると大友は言う。「オレンジとネイビーなので、すぐ目に止まるんですよ」。右腕の独特なセンスに笑みをうかべつつ、「スリッパがなかったら『ウエート行っているんかな』『食堂おるんかな』とか。何か野球のことをしようとしているのはすぐにわかります」。苦楽をともにした“相棒”だけが知るサイン。仮にもう1度、3桁の背番号から再スタートすることになっても、自分たちならきっと乗り越えていける。
「『頑張ろうぜ』って感じです。貪欲さがまずは大前提ですけど、僕たちはいろんな環境を経験してきたし、生活が厳しい時もありました。1度“死んだ身”だとも思っていますし、今プロにいること自体が本当にありがたいんです。今の気持ちをお互いに忘れることなく、この先もプレーしていきたいです」
大友をはじめ東浜巨投手、板東湧梧投手、大関友久投手、谷川原健太捕手……。1年間を振り返れば、右腕を支えてくれた存在はたくさんいる。「ここまできたら、やるしかないですよね。もちろんそれはわかっています」。育成再契約という打診を受けるのか――。揺れ動いていた胸中に整理はつきつつある。川口の表情は、もう覚悟を決めているように見えた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)