2022年10月1日…山川穂高にサヨナラ被弾
1日たりとも、あの悲劇を忘れたことはない。“因縁”に決着をつけるため、覚悟を胸にマウンドへ上がった。マジック1で迎えたベルーナドームでの一戦。「祐介さん、一緒にやりましょうね」。藤井皓哉投手の優しさが、1人の“裏方さん”を救っていた。
9月27日の西武戦で、ホークスはパ・リーグ連覇を成し遂げた。3点リードの8回、藤井がマウンドへ。2三振を含む3者凡退でバトンをつなぎ、チームに貢献した。「マジック1でベルーナって、僕しかないでしょう」。3年前、2022年10月1日に味わった思いは絶対に忘れない。勝てば2年ぶりのリーグ優勝が決まる状況で、山川穂高内野手にサヨナラ2ランを被弾。バッテリーを組んでいた海野隆司捕手とともに、人目もはばからずに涙を流した。
2025年はリリーフ陣を支える大黒柱の1人として、連覇という偉業に貢献した。当時とは状況が違うだけに単純な比較はできないが、藤井にとって“雪辱”を晴らす登板になったのは間違いない。そんな右腕に「謝りたい」と話していたのは、伊藤祐介打撃投手だ。3年前の“あの日”、声をかけなければ――。今も胸に深く刻まれている出来事を、静かに語り出した。
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続きの内容は
・伊藤打撃投手が抱え続けた「後悔」の正体
・藤井投手が明かした、裏方さんへの「本音」
・3年越しの因縁が「決着」した舞台裏
“無関係”なサヨナラ弾に「落ち込みました」
「今となっては藤井とはよく話をするんですけど、実は山川さんに打たれたあの日、初めてキャッチボールをしたんです。確かその場に人がいなくて、たまたま外野にいた自分が相手をしただけだったと思うんですけど、打たれる直前に『あ、きょう俺とキャッチボールしたな』って……。いつもと違うことをして(藤井を)崩してしまったなと思いました」
伊藤打撃投手と初めてキャッチボールをしたことと、藤井がサヨナラ被弾を喫したこと。全く関係はないはずが「もちろん打たれたら落ち込みますし……。本人は『何も気にしていないんですよ』って言っていたんですけど、僕の中ではどうしてもありました」。リーグ優勝も逃してしまっただけに、なかなか打ち明けられずにいた。
しこりのように残り続けた思いを右腕に伝えられたのは、年が明けた2023年。食事をともにしていた時だった。伊藤打撃投手から「謝りたいことがあるんだよね」と切り出した。藤井本人も「『初めてキャッチボールをしたのがあの日だったんだよね。だから責任を感じている』みたいなことは言われましたね」と具体的に振り返った。プロの世界は結果が全て。「もちろん、僕の実力不足です。祐介さんは何も悪くないのに、すごく申し訳なさそうでした」。藤井にとってもまさかの言葉だったが、“謝らせてしまった”ことには自分自身も責任を感じた。
“あの日”と同じ状況「このタイミングめちゃくちゃいいやん」
月日が流れ、2025年は最大で借金7という苦境から始まった。日本ハムとデッドヒートを演じながらもマジックを「1」まで減らし、9月27日にベルーナドームまでやってきた。あと1勝でリーグ優勝が決まる。試合前から独特の緊張感が流れていた中、藤井は真っ先に伊藤打撃投手に声をかけた。「祐介さん、きょう一緒にキャッチボールしましょうね」――。もちろん、3年前の“因縁”を晴らすためだ。マウンドではクールな右腕が、照れくさそうに真意を口にした。
「祐介さんの言葉も覚えていたので、『このタイミングめちゃくちゃいいやん』って。マジック1でベルーナっていうのは“あの時”以来でしたし。いざ試合をやっている時は気にならなかったですけど、『そういえばこうだったな』って思うことはありました」
藤井にとって、伊藤打撃投手は心を開いている存在だ。「年もそんなには離れていないですし、キャッチボールもよくやります。僕の状態についても、『良かったね』『きょうはあんまりだった』って真っすぐに言ってくれるので。僕は好きというか、わかりやすくていいなと思っています」。歓喜の瞬間まで、あと1勝。伊藤打撃投手も「『お前が決着をつけてきてくれ』ってちゃんと伝えましたし、胴上げの後にも『よくやった! さすがや!』って話はしました」と嬉しそうに明かした。
グラウンドに立つのは選手だが、全力で戦えるのは多くの支えがあるから。「裏方さんがいないと僕たちは練習できないし、試合の準備もできない。祐介さんをはじめ、皆さんの存在があってゲームに臨めているので。本当にいつも感謝です」。2度と悔し涙は見せないと誓ったあの日。3年前から続いていた2人の因縁が、ここで決着した。
(竹村岳 / Gaku Takemura)