海野が呼び出された…4月29日の日本ハム戦後
マスクを掲げ、一直線にマウンドへと駆け出した。ぶつかり合い、支え合ってきた“相棒”と熱く抱き合い、やっと心から笑うことができた。「1試合ずつ、必死にやってきてよかったです」。海野隆司捕手は歓喜の声を絞り出した。
昨オフに甲斐拓也捕手がFAで巨人へ移籍。2月の春季キャンプから正捕手争いが注目された中で、海野はキャリアハイとなる104試合に出場した。「しんどいことばかりでしたね。特に最初の方は勝てないし、どうやったらうまくいくんやろうってずっと考えていました」。結果で評価されるポジション。優勝の瞬間を味わった28歳は、捕手として大きく成長を遂げたシーズンになった。
中でも、黒星が先行した春先は苦悩の連続だった。延長戦の末に敗れた4月29日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)後には、杉山一樹投手と“大ゲンカ”に発展した。「お前、3回目やぞ!」。ミーティングルームに響き渡ったのは杉山の怒声だった。5か月後、ベルーナドームのマウンドで抱き合った2人。海野にとって、守護神との衝突はどのような経験になったのだろうか。第三者としてその場に居合わせた、伴元裕メンタルパフォーマンスコーチの言葉も含め、出来事を振り返る。
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続きの内容は
海野選手が明かす、杉山投手との“大ゲンカ”の真相とは
伴コーチが語る、衝突をプラスに変えた「第三者の介入」
90分間の話し合いで、バッテリーが得た「本当の絆」
マスクを被った海野にしか見えない景色が
「『これで行こう』って話をしたんですけど、いざあそこに座ってみると『うわ、大丈夫かな』って不安になって、ちょっと球種を変えてしまったんです。初球を打たれて、自分ももちろん後悔しましたし、杉山にもすごく申し訳ないことをしたなと。でも、その失敗があって、そこから色々と話ができるようになったので、それはよかったと思います」
衝突の“火種”は、事前の打ち合わせと違うサインを海野が出したことだった。日本ハム戦でも、水野への攻め方は杉山と決めていた。しかし、フォークを選択して決勝弾を許してしまった。「最初は考えすぎて、試合中のバッターの反応も見る余裕がなかった。(相手の)いろんなつながりがある中で、データばかりを頭に入れていた」。杉山に対しても、深々と頭を下げた。自らの力不足を痛感させられた瞬間だった。
その一方で、マスクを被る海野にしか見えない景色があったのも事実だ。不安が投手陣に伝わらないよう、グラウンドでは堂々と振る舞う。この一件を機に、もう1度自分自身を見つめ直し、徹底的な準備を心がけることで、より深い意味で投手陣と向き合えるようになった。
「映像なども見ますけど、いざあそこに座って変わるものもあります。(4月29日以降)その話は杉山ともするようになりました。『変わるかもしれないけど、その時は腹括っていくよ』と伝えているので。あいつ自身もわかってくれていると思います。もし打たれても、僕も腹を括ってサインを出している。だからこそ、そこまでの準備ですね。ちゃんとした根拠がないと、ピッチャーも納得しないし、自分も後悔。後悔がないように準備するだけでした」
“メンタルのプロ”が「第3者も呼ぼう」と言った本当の理由
3月29日のロッテ戦、4月22日のオリックス戦に続き、杉山にとって3度目の救援失敗となったこの日。海野に思いを伝えるために、右腕が助言を求めたのが伴コーチだった。今季からチームに加わり、5月からはベンチ入りして選手たちとともに戦ってきた。そんな“メンタルのプロ”は「第三者も呼ぼう」と冷静に語りかけ、感情的になりかけていた背番号40の熱い気持ちを制したという。
「相手の行動に対して『こうしろよ』って言うのは間違い。それは俺が許さないけど、『あの時だったらこういうふうに自分は投げたかった』と。そうやって意見を伝えることは正解だとスギには話しました。要は、『あなたがこうだ』と話すと『こうしろよ』っていうふうに聞こえてしまう。そうではなく『僕はこう思う』と相手をリスペクトして、意見をテーブルに乗せることが大事だと思ったんです。感情的になるのはよくないから、『俺も入るよ』と話して、高谷さん(裕亮バッテリーコーチ)にも入ってもらいました」
責任を押し付け合うのではなく、あくまでも自分の意見として伝える――。メンタルコーチングの技術を用いながら、話し合いの場をセッティングした。一歩間違えればバッテリーが“瓦解”しかねなかった出来事をプラスに変えられたのは、伴コーチの存在が大きかった。90分に及んだ話し合いについても、こう振り返る。「2人ともすごく冷静で、客観的でした。話し方も丁寧で、スギは『自分はこう思う』という伝え方をしてくれたし。海野もまずは『すまなかった』と。建設的な話ができたと思います」。
2人の“大ゲンカ”を間近で見ていた伴コーチにとって、ベルーナドームで抱き合う姿は心から嬉しいものだった。「スギもシーズン途中から『海野のおかげで』と口にするようになったんですよね。今は『この2人、カッコいいな』って思っていますよ」。海野自身も「春先の失敗があったから、今につなげられている」とうなずく。周囲に支えられて生まれた歓喜の輪は、最高の笑顔に包まれていた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)