リーグ連覇に貢献した松本裕「ゼロを重ねられた」
リリーフ陣における“最重要のピース”として1年間腕を振り続けた男が、歓喜の輪に飛び込んでいく。この瞬間だけは、いつものクールな仮面は脱ぎ捨てていた。「元気であればもっと試合数を投げられたかもしれませんけど、最低限のところは投げられたのかなと。波もあまりなく、シーズンを過ごすことができました」。美酒を味わい、笑顔で1年を振り返ったのは松本裕樹投手だ。
今季は開幕から必勝パターンとしてブルペンを支え、51試合に登板して5勝2敗、防御率1.07。39ホールドを挙げて自身初タイトルを獲得するなど、リーグ優勝の原動力となった。「内容としてゼロを積み重ねることができた。僕の場合は(登板の)シチュエーションがある程度、固定されていたので」と静かに胸を張る。
今季もホークスが誇る“最大の武器”として、ブルペン陣は連覇に貢献した。倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)は2024年の反省を踏まえ、今季のテーマに「厚み」を掲げていた。そのキーマンが、松本裕と藤井皓哉投手の“両輪”だった。
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続きの内容は
・藤井皓哉と松本裕樹の離脱、その真相
・小久保監督の「すごい決断」の裏側
・倉野コーチが語る、ブルペン運用の鍵
藤井皓哉と松本裕樹が「去年は離脱してしまった」
「去年は松本(裕)と藤井が離脱してしまった。そこはすごく慎重にというか、いかにシーズンを通して戦えるかっていうことを常に考えていました。そういうのは監督とも一緒に考えてきましたね」
2位に13.5ゲーム差をつけ、圧倒的な力で優勝をつかんだ2024年だが、9月に松本裕と藤井が離脱。CSは勝ち進んだものの、日本シリーズでは岩井俊介投手や尾形崇斗投手ら、経験の浅い若手に大事な場面を託さなければならない状況だった。全体的な底上げはもちろん、いかにして松本裕と藤井を最後まで離脱させないか――。倉野コーチも「去年で選手の性格もだいぶわかった。普段の姿とか表情、動きを見ていて、理解はできるようになりましたよね」。藤井は腰痛で一時離脱を強いられたものの、最後まで緻密な日程管理を貫いた。
松本裕は2連投が4度で、3連投はゼロ。藤井も9月に中11日の期間を与えるなど、リリーフ陣全体で乗り切ったようなシーズンだ。倉野コーチも「それも中継ぎだけではなくて、先発がイニングを投げたからできたこと。みんなが頑張ったから、この結果につながったと感じています」と語る。「厚み」を最大限に生かして戦った。昨季終盤は右肩痛に苦しんだ松本裕も特別な思いを胸に2025年を迎えた。「毎朝トレーナーさんに体を見てもらうところから。マンツーマンで1年間やってきたと思います」と振り返った。
最大7の借金を抱え、一時は単独最下位に沈んだ。誰しもが不安だった春先の苦境で、松本裕はホークスの底力を信じていた。「始まったばかりですし、あのまま終わることは考えていなかったですね。悪いところが出ていただけ。みんな力はありますから」。淡々とした口調から、信頼の2文字がにじむ。チームが勝ち星を重ねるようになってからも「藤井と杉山(一樹)がいてくれた。だから僕もポジションを変えることなく、投げることができた」と頭を下げた。
守護神・杉山一樹の成長は「すごいものだった」
首脳陣が大きく舵を切ったのは6月だった。防御率4点台と不振だったロベルト・オスナ投手を配置転換。杉山に守護神を託し、ブルペンの安定感は一気に増した。倉野コーチは「もちろん杉山の成長はすごいものだと思うし、あのポジションで投げるからこその成長もあったと思います。僕たちはいまだに『この投手がクローザー』って決めていませんからね」。2025年を象徴する必勝パターンが生まれた瞬間。倉野コーチがうなったのは、決断を繰り返した小久保裕紀監督の姿だ。
「僕はとにかく選手が最大限のパフォーマンスを発揮する環境を作るだけ。なるべく監督が決断しやすいようなものを並べて提供したりとか、高いレベルで選択肢が増えるように準備していました。揃えるのが僕らの仕事で、最終的な決断を全て下す監督がすごいなと思います。僕では到底できない決断もたくさんされていますし。改めて間近でそのすごさを目の当たりにしたシーズンでした」
心身ともに充実し、万全の状態で腕を振り続けた松本裕。その安定感がリリーフ陣の核となり、チームを頂点へと導く大きな力となった。昨年の悔しさを知る首脳陣が、同じ轍を踏まないために作り上げた「ブルペンの厚み」。緻密な運用を貫き、連覇を成し遂げた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)