
見覚えのない差出人…丁寧につづられた文字
ホークスは2年連続のリーグ優勝を飾りました。鷹フルでは主力選手はもちろん、若手やスタッフにもスポットライトを当てながら今シーズンを振り返っていきます。川瀬晃選手が明かしたのは、自身のロッカーに保管している“一通の手紙”。「初めてプロ野球選手になって良かったなと思えたんです」。28歳が瞳を濡らした物語とは――。
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川瀬晃内野手のもとに球団職員から一通の手紙が届けられた。差出人の名前に見覚えはない。おもむろに封を開ける。丁寧につづられた文字を追うと、目頭が熱くなるのを感じた。「本当にあの手紙のおかげで、僕は今年頑張れているというか……。つらい時も乗り越えられたと思います」。
送り主は1人の母親だった。今シーズンのターニングポイントとなった5月2日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)。2点ビハインドの9回2死走者なしから打線が驚異的な粘りを見せ、川瀬のサヨナラ打で勝利を収めた一戦だ。5連敗中だったチームを蘇らせた一打は、名も知らぬ家族も救っていた。それからしばらくして届いた手紙には、こう書かれていた。「2月に息子を亡くしました」――。
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続きの内容は
・川瀬選手が涙した手紙の「全容」
・ロッカーに手紙をしまう「真の理由」
・胸にしまい続けてきた“約束”が結実した瞬間
今年2月に中学生の息子を病気で亡くしたこと。その息子がホークスの大ファンで、家族で何度も本拠地に足を運んでいたこと。訃報からしばらくは球場を訪れることができなかったこと。そして、久々に観戦した試合で川瀬がサヨナラ打を打ったこと。「すごく感動したし、元気や勇気をもらいました。息子とドームに来ていた日々が蘇って、本当に来てよかったです」。丁寧に書かれた1文字1文字に込められていたのは、母親からの“感謝”だった。
他人事と思えなかった手紙「1人の親として…」
手紙はチーム宛てに送られたものだった。その内容を確認した球団職員が、川瀬に渡すのがふさわしいと判断したという。「思わず見入ってしまいました。僕はもともと手紙が好きで、もらったファンレターは必ず読んでいるんですけど、今回は……。『ホークスの試合を見るのが生きがいです』なんて言ってもらったのは初めてだったので。それはすごく、自分の中でくるものがありましたね」。
川瀬自身にも3歳になる長女がいる。「1人の父親として考えた時に、すごく大変だったんだろうなと。もちろん息子さんが一番苦しい思いをしたんでしょうけど、お母さんもしんどかったんだろうなって……。なんかもう、すごく想像していました」。手紙の中の出来事は全くの他人事とは思えなかった。
現在、手紙は自身のロッカーに大切に保管している。結果が出なかった時、落ち込んだ時――。すがるような気持ちで目を通す。「もう1度力をもらって、頑張ろうという気持ちになれるんです」。開幕から1度も離脱することなく、ただチームのためにプレーを続けてきた。“あの一打”で救われた家族の存在が、川瀬本人を救っていた。
「初めて『プロ野球選手になって良かったな』という気持ちにさせてもらえたというか……。本当に手紙のおかげで僕は今年、頑張れていますし、つらい時も乗り越えることができました」。ホークスが大好きだった男の子に喜んでもらえるように。そして感謝が伝わるように――。優勝に喜びを爆発させた川瀬にとって、胸に秘めていた“約束”が結実した瞬間だった。
(長濱幸治 / Kouji Nagahama)