10日の中日戦で登板した2人「超感動のリレー」
夜風が吹く幕張のマウンドで、必死に投げていた姿を今でも覚えている。意外にも、2人の接点は8年も前から始まっていた。「ね、巨さん。感動エピソードですよね」。東浜巨投手に語りかけたのは、川口冬弥投手だ。9歳年上の先輩右腕は「取材してもらいなよ」。その表情からは、少しの“照れ”が伝わってきた。
9~11日にかけて、2軍はナゴヤ球場で中日との3連戦だった。首位攻防戦という位置付けの中で東浜は10日に先発し、6回1/3を投げて1失点と好投。1点差の9回には川口が登板し、4セーブ目を挙げた。支配下登録を勝ち取って、3か月。「自分のスタイルを作らないといけない。最近悩むこともあるんですけど『ストレート、力あったよ』とコーチにも(バッテリーを組んだ渡邉)陸にも言われたので。こつこつやっていきたいです」と手ごたえを口にした。
接戦を制し、2軍は再び首位に浮上した。「自分からしたら超特別なリレーだったんです」。川口がまだ東海大菅生高の3年生だった頃。実は東浜を目の前で見たことがあるという。
プロの世界で投げる東浜が「ただただ羨ましかった」
「僕が亜大の練習に参加したんですよ。そしたら巨さんが自主トレで来ていて『プロ野球選手や!』って思いました。ブルペンで立ち投げとかしているのを遠目から見て『こんな球を投げるんだ』って。自分の実力はまだまだだったんですけど、近くでそのレベルの人を見られたのは嬉しかったです」
高校時代は1度もベンチ入りすることができなかった川口。間近で見たプロの投手に、純粋に憧れの思いを抱いた。そして城西国際大時代の2020年11月5日、再び東浜と“巡り合う”。背番号16はZOZOマリンスタジアムで行われたロッテ戦に先発登板。すでにリーグ優勝が決まった状況だったがタイトル獲得、規定投球回到達、2桁勝利などをかけて必死に腕を振っていた。三塁側スタンドから観戦していた川口も「あの時の東浜さんだ」という気持ちで見守っていた。
大学3年だった当時の川口は投球フォームに苦しみ、キャッチボールですら「スタンドインしていましたね」と苦笑いで振り返る。「巨さんを見ていても、ただただ羨ましかったんですよね。自分なんか野球をしているのに、まともに投げられない状態だったので。思うようにもいかないから、プロ野球を見るのも嫌でした」。理想と現実のギャップに悩み、第一線で活躍する選手に対して抱いた感情は“嫉妬”―――。26歳の右腕にとって、反骨精神の原点とも言える日だ。
6月21日の阪神戦でプロ初登板…背中を押した東浜の言葉
その後はお互いにキャリアを重ね、ホークスでチームメートになった。6月19日に支配下登録を勝ち取ったが、「その1週間前、新潟遠征で巨さんが投げに来ていたんです。自分からすると、なんでもいいから話を聞きたくて『どういうことを考えて練習しているんですか?』って。いろんなことを教えてくれました」。自分の背番号はまだ3桁。実績ある先輩の話は、全てが新鮮だった。「かみちゃ(上茶谷大河)さんとかと一緒に焼肉を食べさせてもらったり、本当に頼れるお兄ちゃんです」と感謝しかない。
そして、6月21日の阪神戦(甲子園)でプロ初登板を果たす。ブルペン待機していた東浜からも、こう背中を押された。「初登板っていうのは、もうこの瞬間にしかないから。全力で楽しんでいけよ!」。手渡されたお茶の味まで覚えている。見事、無失点に抑えて結果を残した。「出会いからここまでの話は、もう何回も巨さんにしています(笑)。そしたら『記者に言ってよ』みたいに言っていたので」。マウンドではクールな表情を貫く背番号16は、照れ笑いを浮かべていたそうだ。
8年前、川口との初対面に東浜は「さすがに覚えていないです。ホークスに来て、ある程度時間が経ってから『実は巨さん……』って。もっと早く言えばよかったのに」と苦笑い。今は同僚として「体の状態も見ながらいろんなことしていますし、めちゃくちゃちゃんとしていますよ。いつも早めに出てきて準備していますしね」と、熱い向上心は伝わってきている。名古屋で実現した“超感動リレー”だが、今はもう対等な関係性だと、35歳の先輩は言い切った。
「誰と投げて嬉しいとか、そういう観点を持っているのは面白いと思います。自分がプロ野球に入ったことをまだ実感している段階なんですかね。でも、これからはもっともっと上にいかないといけないと思うし、そういう憧れに関しては持ってほしくないです。同じ野球をしているわけですから」
本気で認めるからこそ、肩を並べてプレーしたい。川口が「頼れる先輩ばかりですし、もっと成長していかないと」と意気込めば、東浜も「ひたむきに頑張っているところは、僕たちも見習わないといけない」と頷いた。絶対に目標を見失わない2人なら、いつか1軍でバトンをつなぐはずだ。
(竹村岳 / Gaku Takemura)