長谷川コーチは「仏のよう」 絶妙な“邪魔”に苦笑い…谷川原との不思議な関係性

谷川原健太に挨拶する長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】
谷川原健太に挨拶する長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】

本拠地開催では恒例となっているタイム測定

 グラウンドに響くタイム計測の合図。集中力を高め、谷川原健太捕手が走り出そうとする瞬間、すぐそばから聞こえてくる。「タニ、おはよう!」。声の主は、長谷川勇也R&Dグループスキルコーチ(打撃)だ。しかも、1度きりではない。谷川原がタイムを計るたびに、狙いすましたかのように繰り返されるのが恒例の日課だという。

 本拠地・みずほPayPayドームでの試合前。野手陣は必ず短距離ダッシュのタイムを計測する。体にどれだけの疲労があるのか、毎日記録して確認するためだ。長谷川コーチがやたらと声をかける“絡み”は、丁寧な挨拶というよりは2人だけのノリがあるように見える。2人が自主トレを共にした経験などもなく、関係性に明確な接点は思い浮かばない。この声かけにはどんな意味があるのか――。プロ10年目を迎えた28歳に聞いてみた。

「毎日『おはよう、おはよう』って。始まったのは最近ですね。長谷川コーチが僕のタイム走の邪魔をしてきます(笑)」

 負けず嫌いが集まるプロの世界。試合前の計測では、中村晃外野手を筆頭に「0.1秒」の差を争っている。「長谷川コーチは、僕がいいタイムを出したがっているのを知っているんですよ。だから、いつもいいところで『おはよう』って言ってくるんです」と谷川原。声をかけてくるのはスタートラインに立って、両足を広げた時。集中している背番号45は「あ、今から走るんで」と笑みを浮かべつつも、タジタジで応えるそうだ。

谷川原健太と長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】
谷川原健太と長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】

長谷川コーチが選手との距離感で意識すること

 日々の計測はあくまでも、ナインの状態を正確に把握するためのもの。タイムの差が、評価に影響を与えるわけではない。谷川原も「そういうノリですよ」と笑顔で話す。「オンとオフの切り替えがすごい方ですね。選手だった時はしゃべりかけづらいオーラがあったんですけど、今は仏のようです。ふざける時は一緒にふざけてくれます」。距離感にも変化が生まれた。「おはよう」を通じた絶妙なやり取りは、信頼関係があるからこそ成り立つ微笑ましいコミュニケーションだ。

 長谷川コーチは現役時代、通算1108安打を記録。寄せ付けない空気を放ち、孤高の存在として打撃を磨いた。一人の時間を大切にしていたのも「自分の内側に意識があって、外側に向ける余裕はなかったからですね」と語る。2021年にユニホームを脱ぎ、今季が指導者として4年目のシーズンだ。選手との距離感において、どんなことを心がけているのか。

「あまりコーチだという感覚はないですね。指導するというよりも、いかにいい環境でプレーさせてあげられるか。それしか考えていないので、具体的に“教える”という感覚はないかもしれません」

 2024年は動作解析の部門に役職を置き、これまでとは違った角度から打撃と向き合った。「指導」という価値観に変化が生まれたのも、この時期がきっかけだ。「データを分析している中で、やっぱりバッティングってものすごく難しいと思いました。あらためてそれを感じられたことが大きかったです」。打席の中で選手が見せる姿には、さまざまな意識が詰まっている。「細かい変化を見逃さないように観察するようにはしていますね。表情、仕草、プレー。そこにはいろんなことがあるじゃないですか」と続ける。

 本拠地開催の際、試合後は必ずマシン打撃に励む谷川原。日々、長谷川コーチとも打撃に関するやり取りを交わしており「『状態がいいと思うから思い切ってやってくれ』『悩んだらまた聞きに来て』と言ってくれます」と信頼を寄せる。かつて感じていた“近づきにくさ”はもうない。「めちゃくちゃ優しいですよ。自分から聞きやすくなりましたし、冗談も言えるようになりました」。チーム内の明るい雰囲気は、ホークスが誇る立派な伝統だ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)