昨オフに東京で3日間のトレーニングを実施
米国での挑戦は3年目を迎えた。最高峰の舞台で心身を削るような日々を送りつつも、海の向こうから常に気をかけている存在だ。7月13日の楽天戦(みずほPayPayドーム)で6回無失点と好投し、見事にプロ初勝利を挙げた前田悠伍投手。8月4日に20歳を迎えたばかりの左腕に対し、メッツの千賀滉大投手がエールを贈った。無限大の可能性、そして前田悠だからこそ抱く苦悩--。背番号41の先輩がたっぷりと語った。
「見ました、見ました。バケモンですね!」
7月29日のウエスタン・くふうハヤテ戦(みずほPayPayドーム)で先発し、同リーグの連続無失点記録(41回2/3)を樹立した前田悠に話が及ぶと、千賀は満面の笑顔を浮かべた。「実際、マイナーとかでもゼロを続けるっていうのはなかなかだと思います。味方のエラーだったり、ポテンヒットもありますし。記録って止まるものですけど、そういう(新)記録を作ったっていうのは、彼の能力の高さだと思います」と称賛を惜しまない。
昨オフ、自主トレをともにする田上奏大投手を介して前田悠から連絡を受け、東京で3日間一緒にトレーニングを行った。わずかな時間ではあったが、その時に感じたのが左腕の秘める可能性の大きさと苦悩だった。
「(相手打者の)タイミングを外すとか、試合で使うピッチャーとして必要なことが、彼はすごく(レベルが)高い。ただ、自分でわかっていたので僕が言うことでもないんですけど、良い意味で言えば器用、悪い意味では小手先。そこは彼自身もすごく苦しんでいるところというか。日本のトップだったり、アメリカだったり、選手として上を目指す中での壁みたいなものにぶつかっている感じでした」
前田悠が備える「現状を俯瞰する」能力
トレーニングをする中で何度も言葉を交わし、その考え方や物の見方を知るうちに「『本当に高卒1年目かな?』って思うくらいにメンタルができていました」と驚かされた。2020年には日本で投手3冠を達成した千賀が目を丸くしたのは、目の前の成績に一喜一憂しない前田悠の冷静さだという。
「抑えることに重きを置いていないというか。若い選手は目の前の成績を見て『なんで抑えているのに(1軍に)上がれないんだろう』って思いがちなところを、『まだこの能力では上がれない』って冷静に見ることができている。なんかちょっと前の僕に似ているな、って。ただ、僕がそうできたのは20代後半になってからで、高卒1年目なんか何も考えていなかったです(笑)。そう思うと(前田悠は)やっぱり恐ろしいなと。ここから彼がどういうピッチャーになるか楽しみだし、変化するだろうなって思える性格をしているんで」
目の前の数字に満足していては、その先の成長は望めない。2軍から1軍、日本のトップ、そして世界へと視野を広げていった時に、満足していた現状が「実は満足するしないというレベルにもない」ことに気が付くことがある。「現状を俯瞰することができる。前田君は多分それができる。あの若さでできるのは、ちょっとすごいなって思います」。千賀の言葉は本心そのものだった。
「選手って自分で自分を評価しがちなんですよ。『俺ってこんなにできるのになんで?』って。ただ、若い選手はもちろん、1軍で活躍していても、それって世界レベルで見た時にどうなの? という話。日本ですごく良い活躍をしたところで……って自分に対して思えたら、僕はすごく楽になりました。『まだまだ上があるな、まだまだ遠いな』って思えたら、歩みを止めるわけがない。前田君はすでにそれができていて、選手としての自分を俯瞰して捉えられている。今に囚われずに、もっとその先を見ることができる、すごく不思議な人だと思いました」
千賀の成長を促したダルビッシュとの交流
千賀が現状を俯瞰できるようになったのは、パドレスのダルビッシュ有投手との交流がきっかけだった。2018年のシーズン終了後、その考え方を聞いてみたいと千賀からアプローチし、米テキサス州まで訪ねていった。日米球界で実績を残しながらも、常に探究心と学ぶ姿勢を失わないダルビッシュに「自分の小ささを教えてもらいました。僕が勝手に感じているだけですけど」と話す。
思い切ってコンタクトを取って以来、ダルビッシュとはオフに一緒にトレーニングをするなど親交を深めている。最近も食事をする機会があった。「やっぱり考え方とか、そういう話を聞くと楽しいです」と話す顔は、まるで野球少年だ。そして、ダルビッシュが自分を快く受け入れてくれた寛容さを、後輩へ受け継いでいきたいと考えている。
「例えば、前田君も僕に連絡をくれましたけど、彼の野球人生に良い影響が出るんだったら、それはそれで僕はうれしい。彼の前の“41番”として、41番で良かったとなるといいなと思います」
ダルビッシュ、千賀と受け継がれてきた飽くなき探求は、現在背番号41を背負う20歳左腕へ。“最強のDNA”を吸収し、前田悠はさらに大きく成長することだろう。